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野ボール横丁BACK NUMBER
ある球団スカウト「4位までには指名するよ」が裏切られ…まさかの“ドラフト指名漏れ”、元中日・岡野祐一郎が明かす「ドラゴンズ3位指名、1年前のドラフトウラ話」
text by

中村計Kei Nakamura
photograph bySankei Shimbun
posted2025/11/17 11:02
中日で4年間プレーし、一昨年現役を退いた岡野祐一郎。写真は2019年、入団会見で
「今日のことを忘れるぐらい飲もうみたいになって、次の朝、寝坊してしまったんです。それまで会社に遅刻したことなんてなかったので、同僚には『自殺とかじゃなくて本当によかった』って言われました」
岡野はその1週間後にはもう前を向いていた。
携帯が倒れた…25歳でプロ入りの瞬間
大学を経て社会人入りした選手の場合、入社3年目に25歳を迎える。プロ入りするなら年齢的にラストチャンスといっていい。岡野は聖光学院へ進むことを決断したときと同じルールを自分に課した。決めたことは何があっても毎日、やる。
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「3年目は、これだけやってダメだったんならって諦められるぐらいやろうと思ったんです。社会人になると飲みに誘われたりすることが多いんですけど、そういうときでもトレーニングとかその日のメニューを全部、こなすまでは行かないとか。社会人の選手は練習をやらなくても、別に誰かに怒られるわけじゃないんです。でも、決めたことは絶対にやり抜こうと思って」
社会人3年目のシーズンは、岡野いわく「防御率はほぼ、0点だった」。まさに、これだけやってダメだったら……という境地だった。
「社会人のときは、ほとんど感情を出さないようになっていましたね。抑えても当たり前ぐらいの顔でベンチに戻るようにして。勝ったときくらいですね。吠えたのは」
ドラフト会議の日、岡野はアマチュア日本代表の一員として台湾にいた。会議の様子は宿舎の一室で携帯電話の画面越しに眺めていた。ある球団からは3位か4位で指名する予定だと聞いていた。そろそろかなと思ったとき、立てかけていた携帯が振動し倒れた。
携帯を起こすと、会場内の中日球団のモニターに映った〈岡野祐一郎 投手 東芝〉の文字が目に飛び込んできた。中日から3位指名を受けたのだ。
台湾で受信していたドラフト中継は日本と若干、時間差があった。そのため岡野よりも早くに指名情報を得た知り合いから立て続けに祝福のLINEが入った。その振動で携帯がバランスを崩したのだ。
岡野はそのときの感動をごく短い言葉で表現した。
「グッときました」
「マジか…」わずか4年で戦力外になるまで
岡野が念願だったプロの世界に足を踏み入れたのは2020年のことだった。大谷が日本ハム在籍5年を経てエンゼルスに移籍し、メジャー3年目を迎えた年でもある。
プロの世界に入り、岡野がまず戸惑ったのはストライクゾーンのギャップだった。

