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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「結局、川上さんを超えることはできなかったね」あの広岡達朗が弱気に…確執もあった川上哲治への“本当の思い”「今の私を見て、何て言うだろうか?」
posted2026/02/09 17:01
1978年の日本シリーズ開幕前日に広岡達朗を激励した川上哲治。確執も伝えられた両者だが、広岡は川上への尊敬の念を抱き続けている
text by

長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph by
Sankei Shimbun
1978年、ヤクルトスワローズが叶えた奇跡の日本一。“冷徹な監督”は優勝未経験の弱小球団をどう変えたのか。数年にわたる取材で名将・広岡達朗の過去と現在に迫った書籍『正しすぎた人 広岡達朗がスワローズで見た夢』が話題を呼んでいる。広岡が取材に対して語った、川上哲治への本当の思いとは。「結局、私は川上さんを超えることはできなかったね」――“野球人としての業”を描いた箇所を、書籍から抜粋して紹介する。(全2回の2回目/前編へ)
「私はもう一度、川上さんに会いたいんだ」
しかし、肝心の取材はなかなか思うように進まなかった。
あるときから、死について語られることが多くなっていた。
「もしも願いがかなうのなら、私はもう一度、川上さんに会いたいんだ。“いつか川上さんを見返してやるんだ”という思いで頑張ってきた。今でもずっと野球の勉強を続けている。あの頃の私よりもずっと成長しているはずだよ。川上さんは今の私の姿を見て、何て言うだろうか? 褒めてくれるのだろうか?」
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愛しても、愛しても、決して認めてくれなかった厳格な父親に対する不肖の息子の心の叫びのようだった。いまだに思慕の念を抱きつつ、それでも自分を認めてくれなかったかつての指揮官、川上に対する複雑な感情が透けて見えるようだった。広岡は続ける。
「でも結局、私は川上さんを超えることはできなかったね」
広岡の弱気な発言、諦念の表明は初めてのことだった。
――それでも、スワローズ、ライオンズという弱小チームを優勝、日本一に導いたのは紛れもない事実です。
決して「慰めたい」という思い上がった意図はなく、心からの思いだった。それでも、広岡は低いトーンのままで言った。
「そんなものは大したことじゃない。だって、私は10連覇を目指していたのだから……」
川上が成し遂げた前人未到の9連覇を超えること。それが広岡の願いだったのだ。
90代を迎えてもなお、野球人としての業は息づいていた。

