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「おまえ、部屋に来い」阪神の新人左腕が“岡田彰布を驚愕させた”事件…プロ初登板で降板拒否「いいからボール貸せ」それでもコーチに愛された田村勤の今
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岡野誠Makoto Okano
photograph bySankei Shimbun
posted2025/10/31 11:00
阪神時代の田村勤。1990年代初頭、抑えの切り札としてチームを支えた
一軍昇格を決めた前夜、宿舎の部屋に仲田幸司が「おめでとう」と祝いに来てくれた。前日にシーズン初先発をしながら、勝ち星に恵まれなかった左腕は椅子に座りながら、何気なく話し始めた。
仲田:代えられる時って腹立つよな。ボール渡したくないよな。
田村:…………。
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仲田は時折、快刀乱麻の投球で大きな期待を抱かせるが、突如として制球を乱して痛打される。そんな“万年エース候補”を知る田村は絶句してしまった。
「『このくらいの意気込みじゃないと、プロで通用しないんだ』と思ったんです。仲田はよくフォアボールを連発していたから、僕はテレビを見ながら『当然交代だよな』と考えていましたから」
「おまえ、帰ったら部屋に来い」
ボールを渡そうとしない新人に、大石コーチが業を煮やす。「いいから貸せ、コラ!」と怒鳴られると、背番号36は仕方なくボールを手離した。マウンドを降りる時も、コーチや先輩の顔を一瞥さえしなかった。
「別に強気でやったわけじゃないんですよ。ボールを簡単に渡したら、明日から二軍だと本気で思っていた。いろんな人の応援があって、ようやくプロ野球という夢の世界に入れた。この舞台から降りられないという気持ちでした」
1点差で敗れた試合後、バスに乗ると、厳しい表情の大石コーチが「おまえ、帰ったら部屋に来い」と声を掛けた。座席に腰を掛けると、田村は意気消沈した。
「その時、初めて気付きました。ああ、やっちまったな……って」
ホテルの部屋の前に立つと、自責の念に駆られた。だが、「失礼します」とドアを開けると、大石は笑っていた。
大石:おまえ、あの場面でまだ投げたかったのかよ。
田村:……はい、投げたかったです。
大石:おお、わかった。また同じ場面で使ってやる。
「二軍通告だと思っていたから、驚きましたね。コーチも、すぐにマウンドを降りるようなピッチャーばかりじゃ困るんだなって。そしたら本当に、次の試合で同じような場面で呼ばれたんです」
大石コーチが褒めた…「ナイスピッチ」
雨で中止を挟んでの18日の広島戦、先発の藤本修二が2回に捕まる。1死三塁で5番・小早川、6番・山崎隆造を迎えるピンチで、田村は再びマウンドに上がった。
「腹を決めて、思い切ってストレートを投げ込みました」
小早川はまたしても高々と打ち上げ、ライトへの犠牲フライ。山崎はセカンドゴロに抑えたものの、1点を失った左腕は落胆しながらベンチへ戻った。すると、大石コーチは「ナイスピッチ!」と称賛した。
「『え?』って驚きましたよ。ランナー三塁で外野フライを打たれちゃいけないと思っていましたから」
信頼を得た田村は毎試合、ブルペンで出番に備えた。それは幸せのスタートでもあり、不幸の序章でもあった。
〈つづく〉

