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野球クロスロードBACK NUMBER
「偉そうに腕組んで見てんじゃねぇ!」に「よぉし」と長嶋茂雄が走り出し…中畑清が語るミスターとの“地獄のキャンプ”「雲の上から降りてきてくれて」
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph bySankei Shimbun
posted2025/06/25 11:01
若手時代の中畑清に、「地獄」と言われた伊東キャンプで自ら打撃指導をする長嶋茂雄監督。のちに巨人の主力となる中畑の礎を築いた
午前中から長嶋のノックが弾雨の如く中畑に降り注がれる。正面の無難にさばける打球は滅多にない。ほとんどが球際どころか目一杯、飛びついても捕れそうにないコースへとボールを飛ばされた。
2時間。絶え間なく打ち込まれたノックによって、中畑がダウンする。昼食に提供されるカレーも、本来ならば何杯でも食べられるとばかりに皿を平らげるほどの大好物のはずが、胃に流し込んだ途端に戻してしまう。
小休止となるはずの昼食ですら苦痛となる地獄は、午後のバッティングでも暇を与えてくれなかった。さらに音を上げたのが、馬場の平でのランニングである。起伏が連なっていたり、急勾配の場所があったりと不安定な1周800メートルのコースを5周走り終える頃には、全員が地べたを這いつくばらんばかりに息絶え絶えだったのだという。
あの中畑が「なんで、こんなことしてるの?って…」
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地獄の光景を思い浮かべる。
ひょうきんな中畑であっても、そんなときはいつだって口元が歪んでしまう。
「午前中から力を出し切っているから脱力感が抜けない。そのまま午後も猛練習が待っているわけだから。『なんで、こんなことしてるの?』って、最初のほうは思ったね」
長嶋とのマンツーマンのノック、ひたすらボールを打ち続け、でこぼこ道を走る。1日7時間。そんな地獄を1日、また1日と生き抜くと、やがて習慣として根付いていく。
中畑が明らかな変化を感じたのは、キャンプ5日目あたりだったという。
体が軽い。過酷なメニューもこなせていると実感できる。消灯時間になると瞬時に深い眠りにいざなわれた。朝を迎えるまでの時間が感覚にしてほんの数秒だったとしても、それまでになかった心地よさを覚えるようになったと、中畑は拳を握る。
「『自分の身体が変わってきているな』というのがね、手に取るようにわかってくるんだよ! 練習は厳しいんだけど、辛さから喜びに変わってくるのよ。それまで打てていなかったボールが打てるようになる、馬場の平のランニングなんて、最後のほうは10周でも簡単に走り切れるくらいになってたからね。それがもう、余計に嬉しくなるわけだ」


