プロ野球PRESSBACK NUMBER
「すみません、阪神には行けません」星野仙一に断りの電話、その返事は? 原辰徳に誘われて巨人入り、メジャー球団の契約破棄も…中日“あの1億円エース”の今
text by

岡野誠Makoto Okano
photograph byJIJI PRESS
posted2025/01/30 11:04

野口茂樹は原辰徳とも浅からぬ縁があった
「ヒジを手術したいと言ったら、OKが出なかった。次の年はキャンプでも脂汗を垂らしながら投げてました」
この時点で、野口は事実上の戦力外通告を受けたと言っていい。08年、一軍登板はなく、二軍でも6試合に投げただけで解雇される。三顧の礼で迎えられた男は、わずか3年で巨人を去った。原監督とはどんな関係性だったのか。
「僕が活躍できなかったですからね。それでも、よく声を掛けてくれました。原さんはいろんな選手とよくコミュニケーションを取っていました。ロッカールームに入ってきて、しゃべってパッと出ていく時もありました。でも、(ベンチでは)短気な面もありましたね。中日のチーム事情とか落合さんについて何か聞かれたことはないですね」
メジャー球団の契約破棄も…
ADVERTISEMENT
不完全燃焼の男は渡米を決意。ブルージェイズとのマイナー契約に漕ぎつけたが、メディカルチェックで左ヒジ内側の故障が問題視され、御破算になってしまう。帰国後、すぐに自費でヒジを手術するも、痛みは取れない。所属先もなく、絶望の淵に落とされた09年5月、人生の伴侶を得る。
「当時は収入もなかったですけど、妻は全然気にしていなかったですね。僕がアメリカ行ったら別れるもんだと思ってたら、帰ってきている。そんな流れもあって、結婚したんですよね。出会い? それ必要ですか(笑)。巨人時代にダーツバーで知り合いました」
貯金を切り崩しながら生活していた秋、2度目の手術に踏み切ると、痛みはほとんど消えた。リハビリを経て、11年は独立リーグの三重スリーアローズに所属。防御率2.63で3完投と貢献するも、秋にチームが消滅。12球団合同トライアウトを受けたが、37歳のベテランに声は掛からず、現役から身を引いた。
「引退宣言はしてないんですけどね。どこも引き受け先がなければ、野球はできない。オートマティック引退ですよ(笑)。(NPBでは)ケガで思うように終われなかったので、もう1回ぐらい投げたかった。満足して辞める人はいないでしょう。投げられるんだったら、ずっと投げたいですよ」