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亡き先輩に誓った“覚悟の移籍”…男子バレー高橋健太郎「優勝してまた報告しに行く」愛する家族とも離れて単身赴任「毎日テレビ電話で泣いてる」
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph bySV.LEAGUE
posted2024/10/31 11:07
今季からジェイテクトSTINGS愛知でプレーする高橋健太郎(29歳)。10月29日、さらなる飛躍のために左膝の手術を受けたことを発表した
高橋のバレー人生を振り返る時、常に転機となってきたのが「五輪」だった。
高校入学を機に本格的にバレーボールを始めた頃から、夢は「東京五輪出場」。オリンピック選手になれば人生が変わると邁進してきたが、12名には選考されず落選した。「すべて失った」と現役引退も考えたが、妻の「このまま辞めたら絶対に後悔する」という言葉に後押しされ、パリ五輪に向け再起を誓った。
相次ぐケガに不安視されることもあったが、日本選手の中で高橋を超えるブロック力と身体能力を備える選手はいない。ようやく念願の五輪出場が決まると、妻子だけでなく故郷・山形の家族も大喜びで祝ってくれた。夢が現実になったことを高橋が噛みしめたのは、地元で開催される壮行会へ向かう前、日本代表の公式ウェアを手渡された時だったと振り返る。
「東京(五輪)の時も採寸して、公式用の写真撮影もしたけど選ばれなかった。だから本物のウェアを手にした時、本当にオリンピックに出られるんだ、って。山形で、近所の人が集まって、僕が悪ガキだった頃を知っている人たちも当時を忘れて『本当に偉くなって』と万歳三唱をしてくれたのも嬉しかったですけど(笑)、ウェアをもらった時が一番、オリンピックを実感しました」
パリの選手村に入村する瞬間も胸が高鳴った。気持ちがいっそう昂ぶる中、最も感極まったと振り返るのが初戦での国歌斉唱だった。
「純粋にスポーツを楽しみに来ているお客さんがたくさんいて、オリンピックマークがある。それだけで感動したし、君が代の高揚感。いろんな感情が混ざって、興奮して、気づいたら泣いていました」
「メダルを取らないと、参加賞じゃダメだ」
憧れ続けた舞台に、ようやくたどり着いた喜び。
だからこそ、「でも」と続けた言葉が刺さる。
「オリンピック本番までいろんな人に『おめでとう』と言ってもらって、実際あの舞台に立って感動する。そこがピークでした。やっぱり僕ら、メダルを取れなかったし、結果が出せなかったから、振り返れば出ただけ、で終わっちゃった。出る前はすごくハッピーだったからこそ、メダルを取らないと、参加賞じゃダメだ、ってめちゃくちゃ思いました」