ボクシングPRESSBACK NUMBER
井上尚弥17歳が本気で挑んだ“最大の壁”…「普通にやれば勝てると思っていた」柏崎刀翔はなぜ敗れたのか? リング上で初めて知った“怪物の正体”
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byWataru NINOMIYA/PHOTO KISHIMOTO
posted2024/10/11 11:43
2010年、当時17歳の井上尚弥。柏崎刀翔にとって、拳を交える前の井上はあくまでも“格下の高校生”という位置づけだったが…
リングに上がると、動きが硬く、頭で考えていることと体の動きが一致しない。自分をコントロールできず、途中で切り替えることもできなかった。セコンドは柏崎の闘いぶりに呆れかえり、インターバルで水をくれなかった。
一方の井上はこの間に国際大会に出場し、海外のジャッジからも評価されるアウトボクシングの洗練されたスタイルを随所に見せた。
「自爆ですね。本当に硬かった。『勝たないと』という気持ちが強すぎて自分に負けた。やってきたこと、練習してきたものを一つも出せなかったんで。自分が悪いです」
翌日、トーナメント初戦で敗れた選手同士の試合が組まれたものの、多くの選手が出場を辞退した。だが、柏崎は「やります!」と手を挙げ、リングに上がった。信じられないくらい動ける。重圧から解き放たれ、練習で培ってきたものを全部出せた。背負うものがなくなると、こうも気持ちよく試合ができるのか。
「前の日にあれくらいできていれば、いい試合ができたかも……。ワンチャン勝てたかも……。そんな風に思っていましたね」
3度目の対戦…会場に響いた「カチッ」という音
井上との3度目の対戦は、岐阜産業会館で開かれたロンドン五輪代表選考会を兼ねる全日本選手権だった。初対決から1年。2人の立場は大きく変わった。全日本合宿に呼ばれるものの国際大会の経験がない柏崎。対する井上は世界選手権で16強に入るなど成長を遂げ、今大会は明らかに「尚弥が主役」の雰囲気になっている。
柏崎と井上は順当に勝ち上がり、準決勝で向き合った。今大会からルールが変わり、コンピューター採点機の導入とラウンド終了ごとに採点が公開されることになっていた。ゴングが鳴る。井上がジャブを放つ。重量感のある左だ。柏崎がパーリングで対応する。すると静まり返る会場に「カチッ」と音が響いた。ジャッジがコンピューターでポイントを入れる音だった。闘っている柏崎の耳にも届いてきた。井上がパンチを打つたび、「カチッ、カチッ、カチッ」と音が聞こえてくる。
「やっぱり尚弥のようにバーンとしっかり打っている方(にポイント)というのがあるんで。1ラウンドが終わって、かなり点差が離れていて、これは勝てないなと思いました」
高校3年の井上が完勝。決勝では林田を撃破し、高校生の全日本王者が誕生した。