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井上尚弥17歳が本気で挑んだ“最大の壁”…「普通にやれば勝てると思っていた」柏崎刀翔はなぜ敗れたのか? リング上で初めて知った“怪物の正体”
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byWataru NINOMIYA/PHOTO KISHIMOTO
posted2024/10/11 11:43
2010年、当時17歳の井上尚弥。柏崎刀翔にとって、拳を交える前の井上はあくまでも“格下の高校生”という位置づけだったが…
井上尚弥の衝撃「スピードも強さも予想の2ランク上」
ゴングが鳴り、拳が交差する。「うん!?」。 細い体つきの17歳が放つパンチではない。リングの外から見る井上と、リング上で体感した井上は違っていた。
「こんなもんかな、と算段をつけていた遙かに上。スピードも強さも1ランクじゃなくて、2ランクくらい上をいっていたんです」
そのとき合点がいった。華井がパーリングできなかった現象を理解できた。まだ出来上がっていない細身の体と、放たれるパンチ力にはギャップがあり、ジャブは重く、ストレートは速くて強い。だが、柏崎は前に出て、井上の速い出入りとストレート主体の闘いについていった。
「フック気をつけろ、フック気をつけろ」
セコンドに就く井上の父・真吾の声が聞こえてきた。柏崎の武器である左フックが警戒されている。2ラウンドまでは互角。だが、最終3ラウンド。左フックを読まれ、右を浴びた。判定は8-5。レフェリーが井上の右手を挙げると、よほど嬉しかったのか、井上はもう片方の手でガッツポーズをしている。
「高校生に負けた。だっさ!」と先輩に揶揄され…
試合後、柏崎は体育館のシャワー室で泣いた。大学生が高校生と闘う重圧。負けてはならない――。そんな会場の視線をずっと感じていた。
「対(林田)太郎さん、という目標をやっと達成できたのに、今度は新星。大学生が勝って当たり前で、高校生とやるメリットはないんですよ。負けたらどうしても、おまえちゃんとやっているの? みたいな感じになるし」
林田という高い山を登り切ったと思ったら、目の前に井上という急峻な登山道が飛び込んできた。案の定、口の悪い先輩からは「うわー、おまえ、高校生に負けた。だっさ!」と揶揄されることもあった。まだ、井上尚弥という名が全国区になる前のことだった。
柏崎もまだ19歳の大学2年生で、2年後にはロンドン五輪が控えている。気持ちを切り替え、未来を切り拓くしかなかった。
8カ月後、井上との再戦の機会がやってくる。兵庫県西宮市で行われた世界選手権代表者選考会。一つの階級に選手4人しかいない。選ばれし者がトーナメントで代表の座をかけて闘う。柏崎は初戦で井上と対戦することが決まっていた。
「次は絶対に勝たなくてはならない」
強迫観念に近いような感覚。再戦を楽しむ余裕はない。おのずと自分自身を追いつめていた。