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ドラフト1位・前田悠伍“ショックのプロ初登板”直後「ソフトバンク広報に連れられて…」記者が見た“異例の対応”ウラ側…野村克也の言葉を思い出す
text by
田尻耕太郎Kotaro Tajiri
photograph byKYODO
posted2024/10/03 06:01
大阪桐蔭出身のドラフト1位・前田悠伍がプロ初登板を果たした
小久保監督にしても、春季キャンプで初ブルペンを視察した際には「モノが違う」と大絶賛し、「早めに(一軍に)呼ぼうやって言ってしまう自分がいそうで怖い。倉野コーチに『我慢してください』って言われる日が来るんだろうなと思いますよ」と笑っていた。基本的な評価はあの時と変わっていない。
たしかな足跡を残してきた。だからこそ、このデビュー登板に最も期待して胸膨らませていたのは、他の誰でもなく前田悠本人だったはずだ。
それがまさかの6失点である。ファームでは3点までしか許したことがなかった。大阪桐蔭高校時代の公式戦登板記録を調べてみると4失点がワーストのようだ。それは2度あったが、いずれも9回を投げた試合での結果だった。
3回6失点など、あるいは野球人生で初めて味わった挫折なのではなかろうか。
広報に連れられて…試合後の光景
試合が終わってしばらくして、前田悠は球団広報に連れられてドーム内の記者室にやってきた。普段は勝った試合でお立ち台に上がったヒーローのみがそのようにして取材に応じる仕組みになっているのだが、結果を問わず取材要望が殺到する状況を鑑みての対応となったのだ。
マウンドで感じ取ったのは、一軍と二軍のはっきりとした“差”だったという。
「(同じ球種やコースでも)二軍では打ち損じてくれたのが、一軍は逃してくれないという印象でした」
ハキハキとした口調で前向きな言葉を並べていく。
「それも今日投げないと分からなかったことなのでいい経験になったと思います。また、(四球などで)自滅したわけじゃなく、打たれての得点。そこは自分の実力不足と捉えていました。ここから頑張っていくしかないなと、マウンドでも思っていた。別に(マウンドで)どうしようとか、そういった感じには一切ならなかったです」
言葉の中身だけでなく、前田悠の“姿勢”そのものも強く印象に残った。記者陣の質問に対して淀みなく言葉を返していた。人生で味わったことのないであろう屈辱の直後である。そんな19歳のルーキーは長くプロ野球取材をしてきて初めて出会った。