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「166cmの小柄な身体で198cmの相手に…」引退発表のラグビー日本代表・田中史朗 ベテランラグビー記者が振り返る“衝撃の1シーン”の記憶
text by
大友信彦Nobuhiko Otomo
photograph byJIJI PRESS
posted2024/04/26 17:00
田中史朗の引退会見には日本代表での戦友でもある松島幸太郎と松田力也もかけつけ、涙と笑顔の会見となった
まるまる1年がかりのプロジェクトが成就した日、取材場所にあてられたホテルの一角で、田中は唐突に、人目も憚らずに涙を流し、嗚咽を漏らしながら呟いた。
「スーパーラグビーの選手になるのをずっと夢見ていた。身体が小さい日本人には限界なのかなという思いに襲われることもあったけど、それを乗り越えることができた。自分をほめてあげたいです」
感情の発露は、責任感と覚悟の裏返しだった。
前述の2011年ワールドカップから帰国したあと、田中は「叩いて下さい」と言った。そのときに限らない。日本代表が不甲斐なく負けたとき、否、強豪相手に良い内容の試合をしたとしても負けたときは「遠慮なく叩いて下さい」と言うのが口癖だった。日本代表のジャージーを着てプレーすることにはそれだけの責任がある――その思いは誰よりも強かった。
選手としての能力が突出していたわけではないだろう。
パスやキックの上手さ、足の速さ、タックルの強さなど、個々の技能を見れば、歴代の名手のみならず同時代のSHにも、田中より優れた才の持ち主は少なからずいた。だがラグビーはポテンシャルの足し算で勝負が決まるわけではない。それを教えてくれるのが田中だった。166cmの小柄な身体で、大きい相手にもひるまず立ち向かっていった。
自分より30cm以上大きい相手に「ファイト」も…
試合のシーンで印象深いのは2013年、秩父宮でのウェールズ戦だ。開始5分、相手ゴール前で日本がPKを獲得。相手SHがボールを拾う。田中は速攻に出ようとボールを取り返しに行く。だが相手はボールを渡さずに小突き返す。もみ合いになる。すぐに両軍のFWが参戦、ピッチの上はつかみ合いになった――その場面をエディーHCは「試合の最初にフミがファイトしてくれたのがジャパンにとってすごく意味があった。もみ合いになったとき、すぐにFWの選手が反応してくれた。日本の戦う姿勢が変わり始めていることを示してくれた」と称えた。
その9分後、再び相手ゴール前でPKを得たときは、身長198cmの相手LOブラッドリー・デービス主将が抱え込んだボールを奪い取ろうと身長166cmの田中が激しくつっかけ、ボールをむしり取った。この日、日本はウェールズ代表を23-8で撃破。日本代表にとって、世界の頂点に君臨してきた旧IRBオリジナルメンバー8カ国からの記念すべき公式テストマッチ初勝利は、田中の闘志溢れる「ファイト」から始まったのだ。