オールドファンなら、現役時代の広岡と川上哲治監督との確執を記憶していることだろう。広岡が打席に入っていたとき、サードランナーの長嶋茂雄がホームスチールを試み、せっかくのチャンスを潰してしまった。それが二度もあった。ベンチに戻った広岡は、「そんなにオレのことが信用できないのか！」と怒りをあらわにして、試合途中にもかかわらず自宅に戻ってしまったという一件だ。

「あのホームスチールの一件で、広岡さんもブチ切れてしまったそうです。それが川上さんとの対立を決定的なものとし、現役を引退するきっかけとなってしまった。その反省から、“お前の気持ちはわかるが、悔しいのなら試合で見返せ！”と励ましてくれました。あのひと言がなかったら、本当に家に帰っていたし、そのまま野球も辞めていたかもしれない」

1974年、ヤクルトコーチ時代の広岡達朗　©KYODO

　一連のやり取りを踏まえて、杉浦は言う。

「これからプロで生きていくために必要なものを、広岡さんからすべて教えてもらった気がします」

渡米数日前の負傷でユマキャンプ不参加に

　前年秋までは内野手だった。左投げの内野手が守れるのはファーストしかない。しかし、ここには不動のレギュラー・大杉がいる。杉浦の出番を増やすには外野手にコンバートするしかなかった。幸いにして、レフトを守っていた若松はセンターとして使えるめどが立っていた。本連載ですでに述べたように、広岡は若松に「センター転向」を命じていた。そこには、杉浦の「レフト転向」が視野にあった。

「出番を増やすために外野を守ることになったのは、自分でもありがたかったです。やっぱり、大杉さんが元気なうちは、ファーストでは出られないですから。広岡さんは決して口には出さなかったけど、自分に期待してくれているのも理解していました。だからこそ、78年は気合いが入っていました。でも、結果的にその気合いが空回りをして、ユマキャンプに参加させてもらえませんでした」

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