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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「だから勝てないんですよ!」小林繁は激怒した…阪神の“レジェンド”川藤幸三が振り返る“ダメ虎”だったあの頃「暗黒時代はな、喜びがないねん」
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph byKiichi Matsumoto
posted2024/03/26 11:01
OB会長として今年も虎に熱視線を注ぐ川藤幸三氏
「お前、ヒット打たんでええ」
シーズン中、選手はベンチで練習を見ているカワさんのもとに近づいてきて言葉を交わす。32歳の原口文仁と31歳の糸原健斗は昨季、代打要員として勝負どころで戦う選手だったが、カワさんは彼らに言った。
「オイ、お前、ヒット打たんでええ。お前にはやることがあるんや。お前は本業の中でも、ここ一番で必ず大仕事をする時が来るから、その時のために、今はバッターボックスに立っても『打ちたい、打ちたい』という気持ちになるな。そんなもん、レギュラーに任せておけばええ。お前は、冷静にな、じーっとベンチの中、360度、よう見ておけ」
原口は練習中や円陣の掛け声で仲間を引っ張る。糸原も日本シリーズのMVPに名乗り出ようとおどけて、盛り上げ役を演じる。
日本シリーズで躍動した糸原の思い
とりわけ、糸原は22年までレギュラー格の主力だった。昨季の前半戦、カワさんは不遇のベテランに何度も言い続けた。
「イトよ、お前の腹ん中がな、いま、手に取るように分かるねん。腹ん中のコレはな、ずっと持っとけ。だからこそ、今年1年はお前にとっては大事な、いい1年になるんや。必ず、その時は来る」
昨秋の日本シリーズ。糸原は「腹ん中」の思いをぶつけるかのように躍動した。点と点を繫ぐもの。選手が組織としてまとまるために、彼らは欠かせない存在だった。
手に入れた「戦う意味」
暗黒時代は遠い過去になり、06年以降の停滞期も早足でセピア色になっていく。
「暗黒時代はな、喜びがないねん。首位打者やホームラン王、タイトルは個人の喜びや。勝てなかったら、自分が良かったらええわい、となるやないか。そのレベルやないかい。だけど、優勝の喜びは全然、別個のもの。ワシは18年目にそれが分かった」
カワさんが85年、神宮や西武球場で見た光景は人生の宝物である。無数の人が泣き、笑っていた。人を喜ばせることの尊さを思い、己に固執する浅はかさを知った。
あれから38年。後輩たちもあの時と同じ地平に立った。彼らもまた、自分以外の何かのために戦う意味を知ったのである。
〈後編につづく〉