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中村憲剛の視点…三笘薫、板倉滉ら“欧州で高評価フロンターレ組”共通の才能とは「僕自身、オシムさんの“大好きな言葉”もそうだった」
text by
中村憲剛Kengo Nakamura
photograph byJFA/AFLO
posted2024/03/24 11:01
東京五輪世代として活動していた頃の(左から)板倉滉、田中碧、旗手怜央、三笘薫
オシムさんは、日本代表の練習でアドバイスをしてくれたあと、決まって「自分が言っていることがすべてではない」と、言っていた。
「憲剛、お前がこういうプレーを選択したのはわかる。でも、私にはこの場面ではこういう判断もあると思ったけど、お前はどう考える?」「私が考えていることよりも、もっと面白いプレーを見せてくれ」
正解は一つではなく、今、導き出した答え以上の選択肢を探すことを常に求められた。
2012年途中から、川崎フロンターレの監督に就任した風間八宏監督も同じような言葉を投げかけてくれた一人だ。
「今のプレー、よかった。でも、ここは見えたか? ここを通せなかったか? 選択肢を自分で狭めないでくれ。どんどんアイデアを出していいぞ」
監督自身が正解だと考えるプレーを強制するのではなく、自分の判断を尊重したうえで、異なる選択肢を提示してくれる。それをプレーヤーである自分に選ばせることで選択肢、いわゆるプレーの幅を広げてくれる指導者だった。
大好きだったオシムさんの「ブラボー!」
オシムさんの話題に戻ると、日本代表の練習では、もう一つ、オシムさんが発する声のなかに、大好きな言葉があった。
「ブラボー!」
イタリア語で、「素敵」「素晴らしい」を意味する言葉だが、僕らが、練習中にオシムさんが想像もしていなかった好プレーを見せると、オシムさんはその言葉を僕らにプレゼントしてくれた。
当時の日本代表の活動では、いつしかその言葉を欲して、オシムさんが思いつかないような正解を探そうとするようになった。それは他の選手たちにも当てはまる共通意識で、「ブラボー!」が次から次へと飛び出す状況になると、チームは活性化していった。
答えは一つではない。正解にたどり着くための手段や選択肢を増やすことで、より最高の答えは導き出されていく。
<ひとりのプロサッカー選手として、憲剛は守田や田中碧にどう働きかけ、オシム監督からどんな影響を受けたのか。つづきの第2回以降で明かしている>