誰も知らない森保一BACK NUMBER
「お前、その髪型で車が売れると思うか?」18歳森保一がパンチパーマにした日…恩師が叱った森保監督のやんちゃな“新入社員時代”
posted2024/02/11 11:25
text by
木崎伸也Shinya Kizaki
photograph by
J.LEAGUE
サッカー日本代表の指揮官・森保一(55歳)とはいったい何者なのか? 森保の地元・長崎、そして広島、仙台を徹底取材して見えてきた“意外な素顔”とは? ライター木崎伸也氏がNumberWeb集中連載でレポートする。【連載「誰も知らない森保一」の第9回/第10回も公開中】
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抑圧された状態が長く続くと、解放されたときに反動で真逆の行動を取ってしまう――。厳しい部活生活を終えたときにしばしば見られる現象だろう。
若き日の森保一もその例外ではなかった。
中学でも高校でもサッカー部の活動中は基本的に丸刈りだったが、そこから引退するたびにド派手な髪型にしたのである。
本連載ですでに紹介した通り、森保は中学校の卒業式に「金髪」で現れた。オキシドールを使って自分で脱色したという。担任が激怒して水道に頭を突っ込まれたが、落ちるわけがない。長崎市立深堀中学校では今でも「森保伝説」として語り継がれている(第1回参照)。
「森保はパンチパーマで現れたんですよ」
そして高校卒業後、1987年の春、18歳の森保は日本リーグの名門・マツダに入団する。そのとき森保が新たなヘアスタイルに選んだのが「パンチパーマ」だった。念のため説明すると、パンチパーマとは強く細かいカールをたくさん施したあのヘアスタイルである。
本人はあるニュース番組に出演した際、「あれはパンチではない」と弁明した。確かに1つひとつのカールが大きく、任侠映画に出てくるようなゴリゴリのパンチパーマではない。しかし、当時のチームメイトやスタッフは確実に「パンチ」だと感じていた。
同期入団の利重忍(現・広島市の飲食店「BAR GAJA」店主)はこう証言する。
「入団するとき、森保はパンチパーマで寮に現れたんですよ」
「その髪型で車が売れると思うか?」
マツダの今西和男総監督は無名の森保を発掘して推薦した立場だっただけに、髪型を見て思わず頭を抱えたと振り返る。