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「クビにしてもらっていい」「俺と社長でカラオケに」ポステコグルーと築いた特別な関係性…黒澤良二マリノス前社長に聞く“プレミア名将の素顔”
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byGetty Images/Kiichi Matsumoto
posted2024/02/12 11:05
横浜F・マリノスでアンジェ・ポステコグルーを全面的にサポートした黒澤良二前社長。現在もトッテナムの試合は欠かさずチェックしているという
忘れられない「We did it together」
2019年シーズン、黒澤にとって印象的な試合はいくつもあった。なかでも特にインパクトが強かったのは、勝って優勝に王手を掛けることになる11月30日のアウェイ、川崎フロンターレ戦だという。2連覇中のディフェンディングチャンピオンを4-1で粉砕した一戦だ。
「見ていて、本当にワクワクし感動しました。特に2点目と3点目ですかね。2点目は右サイドからマツケン(松原健)が中に入ってパスを受けて、そこからのスルーパスがエリキに通って右隅に流し込んで。3点目は大津(祐樹)のスルーパスを、テル(仲川輝人)がダイレクトで折り返し、さらにダイレクトでエリキが決めた! パスがポンポンポンって、凄くきれいで……。アタッキングフットボールで、あのフロンターレを打ち負かせたわけですから」
12月7日の最終節はホームの日産スタジアムに2位FC東京を迎え、これも3-0と圧倒して15年ぶりとなるJ1制覇を果たした。この大事な試合で先制点を挙げたのが、シーズン序盤は戸惑いながらプレーしていたティーラトンだった。
「優勝した瞬間、もちろん嬉しかったんですよ。ただ(栗原)勇蔵の引退セレモニーもありましたから、まだそこまで喜べなかったというか。試合後、アンジェに会ったときに、“We did it together”(我々は一緒にやり遂げた)と言ってハグしてくれたんですよ。そのときはさすがに感激してしまいましたね」
ワクワクするサッカーでチャンピオンになる――2人の理想が実現した瞬間だった。
「俺と社長でカラオケに行って、練習しておくから」
黒澤には、ふと思い出したことがある。
シーズンに向けた春季キャンプにおいて、社長がチームに対してスピーチする「社長講話」がクラブの伝統としてあるという。黒澤はクラブビジネス視点からの話をするのではなく、ボスの許可を取りつけてサッカーそのものを話題にした。敬愛するクライフの「クライフターン」や、ジーコ、ソクラテスらブラジル黄金のカルテット、ピーター・シュマイケルなど、自分の好きなプレーやシーンをかき集めて分析班に動画をつくってもらい、選手やスタッフの前で流している。
「先にアンジェに見せたら、苦笑いしていましたよ。でも“みんなサッカー選手だから、いいんじゃないの”と。ちょうどフレディ・マーキュリーの映画『ボヘミアン・ラプソディ』が公開されていて、動画の最後は『We Are The Champions』で締めくくったんです。選手たちの前で流したあとに、“優勝してみんなでこれを歌おうよ”と言いました。選手たちの反応は微妙だったんですが、アンジェがそこで“俺と社長でカラオケに行って、練習しておくから”と言って、みんなを笑わせてくれたんですよね」