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サムライブルーの原材料BACK NUMBER
「1回のチャンスを私にくれ」ラモス瑠偉が語った“傷だらけのループシュート”の真相…Jリーグ30年史に残る伝説のゴールはこうして生まれた!
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byShigeki Yamamoto
posted2023/12/18 17:02
Jリーグ“BEST GOAL"にも選ばれた伝説の芸術ループシュートにいたる真相を明かしたラモス瑠偉
0-0のまま時間が進み、迎えた後半35分。ゴール正面でペナルティーエリア内に侵入しようとしたビスマルクが相手と交差してこぼれてきたボールがラモスの足もとに転がってくる。前に出ていたGK河野和正の位置を確かめ、フワリと浮かして放たれたボールは美しく、柔らかい弧を描いてGKの頭上を飛び越えてゴールマウスに放り込まれた。
ラモスが述懐する。
「私のところにボールが来たとき、GKは戻ってなかった。彼が下がっていたら何もできなかったね。そうなればビスマルクにボールを戻していたかもしれない。でもそのままの位置にいたから、(コースは)上しかないって思った。その前に石川(康)がゴールに入って顔面でクリアしたシーンがあった。これは自分にチャンスが訪れるって確信したね。
ジーコやマラドーナなら(動けなくても)試合に出る意味がある。FKもそうだけど、あの人たちには一発があるから。でも私は動いてパスして、戦って、戻ってナンボよ。(ピッチに)残しておいたって意味がない。役に立たないんだから。でも私を信じて、置いてくれた。私は神様を信じる人間。あなたの代わりに頑張っているみんなのためにちゃんと決めておきなさいと言われた気がした。だからヴェルディのみんなにくれた神様のご褒美だと今でも思っている」
傷だらけのループ
ゴールの瞬間、突き立てた人差し指を揺らしながらベンチに向かう。左足の痛みを、アドレナリンがかき消していた。このゲームでピッチを去る加藤と最高のハグをした。サンフレッチェの心を折るあまりに華麗すぎる一発だった。
優勝を決めるループシュートは初めてではなかった。読売クラブ時代の1983年シーズンは選手生命の危険もあったバイク事故から復帰したシーズン。フジタ工業との最終戦、芸術的なループ弾で同点に追いついたことでチームに勢いを生み、読売クラブのJSL優勝を呼び込んでいる。ラモスの脳裏にその光景がよみがえっていた。
傷だらけのループはJリーグ30周年の「J30 BEST GOAL」テクニカル部門でもノミネートされている。
あれから30年近く経った今もなお分からないことがあるという。
「コロナ禍の前だったかな。ネルシーニョがブラジルの番組で、“あのときラモスが試合に出ると言ったんだ”という話をしていた。ちょっと待ってよ、私、そんなこと一言も言ってないから(笑)。でもあの人、どうして動けない私に賭けたのか、そこが知りたいよ」
泣いたラモスがもたらした奇跡。理屈と常識をはるかに超えていったからこそ、それは伝説となった――。
<前編から続く>
(取材協力・角田壮監)