伊東氏には勧誘の際に「トップスプリンターを目指して一緒に頑張りましょう」という言葉をかけられたといい、蔵重は「日本のトップを経験されて、アジアや世界でも戦った方なので重みが違いますし、すごく頼もしい一言だなと思いました」と振り返る。今シーズンも伊東氏の“言葉”に背中を押されてきたという。

「伊東先生は色んな経験をもとに、大会のラウンドごとに違った声がけをしてくれるんです。ご自身の中にデータがあるのだと思いますが『予選前はこういう心持ちだと入りが悪くなってしまう』とか『こういう心構えだったら決勝で勝負できる』というのを、必要なときに取り出して伝えてくれます。

　特に初めての舞台だと自分の精神状態の良し悪しが分からないのですが、先生にその言葉をいただけることで、じゃあ今の状態をこうすればいいんだなとか、このままでいいんだなとか客観的に見ることができるんです」

今年6月の日本選手権でも表彰台…アジア選手権の代表にも

　6月の日本選手権の決勝前には「思った順位にしかならない」という言葉をかけられたそうだ。「自分が狙った順位の中での動きになるから、上の順位を狙って臨もう」と覚悟を決めたといい、11秒72（−0.1）で3位入賞。アジア選手権女子4×100mリレーの代表入りを決めた。

6月の日本選手権でも100ｍで3位に食い込み、名実ともに日本トップスプリンターとなった　©AFLO

　女性スプリンターは特に、中学・高校で突出した記録を残しても、大学以降で伸び悩むケースが少なくない。そんな中で蔵重は、大学1年目から着実に成長曲線を描いているように見える。

　その背景のひとつには、高校と大学間での指導者の密なコミュニケーションがあるようだ。

「たとえばグランプリの大会には中京大中京の後輩たちも何人か出ているので、そのときは北村先生にアップを見てもらっていました。現状の走りについていくつかアドバイスをもらって、それを持ち帰って伊東先生に伝えると『じゃあこういう練習を入れていきましょう』とメニューを考えてくれるんです。

　普段から『高校の練習に行ってもいいですよ』と積極的に言ってくださるので、高校と大学がそれぞれ分断されず、ちゃんと線で繋がっているのも大きいのかなと思います」

©Shigeki Yamamoto

　自身のことを冷静に分析し、丁寧な言葉遣いで紡ぐ蔵重。19歳とは思えないほど、思慮深く、落ち着いた雰囲気にただただ感心してしまう。

　甲南大の女子陸上部は「自由」と「個性」を尊重するチームだ。選手たちはみな好きなカラーに髪を染め、メイクやオシャレを楽しみ、グラウンドには賑やかな雰囲気が漂う。伊東氏は当初「真面目な蔵重がこのチームに馴染めるのか」という不安を感じていたそうだが、本人は周囲の心配をよそに、その環境も楽しんでいるように映る。

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