濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
裏テーマは“アントニオ猪木vs棚橋弘至”? 没後1年、名場面満載「猪木ドキュメンタリー映画」の見応えポイントとは
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byEssei Hara
posted2023/10/07 11:01
キューバでフィデル・カストロを訪問したアントニオ猪木
「お前は怒ってるか?」猪木は問いかけた
2002年2月の新日本プロレス札幌大会。当時、猪木はPRIDEに深く関わり、新日本マットにも“格闘技路線”が敷かれた。そんな背景の中、武藤敬司をはじめとした主力選手が退団、全日本プロレスに移籍するという事件も起きている。
リングに登場した猪木は、残った選手たちに問いかける。
「お前は怒ってるか?」
永田裕志や中西学、鈴木健想が答えていく。しかし猪木とは噛み合わない。棚橋はといえば、猪木の問いに答えないことで“怒り”を示した。
「俺は新日本のリングでプロレスをやります!」
問いに対しての答えではなく決意表明。猪木のペースに呑まれなかったのだ。闘魂ビンタを受けても目を逸らさない。今、新日本のリングに必要なのは引退した猪木に頼ることではなく、現役の自分たちが存在感を示すこと。そんな強烈な覚悟があった。
猪木vs棚橋…味わい深い“裏テーマ”
あれから20年以上。猪木はもうこの世にはいない。リアルタイムで猪木の試合を見たことがない選手もいる時代だ。そうなった時、棚橋はアントニオ猪木という存在を受け継ぎ、語り継ごうとする。一種の和解。長い闘いを終えてのノーサイド。棚橋が最も繰り返し見たプロレスの試合は、アントニオ猪木vs.ビッグバン・ベイダーだという。
『アントニオ猪木をさがして』は猪木という多面体を映し出し、多面体が反射する現在と未来をも捉えようとする。猪木が残したものまで含めて猪木。その軸となるのが棚橋で、この映画の裏テーマは“アントニオ猪木vs.棚橋弘至”だと言うこともできる。
棚橋の猪木に対する感情は、単なる愛でもただの憎しみでもない。その複雑さが本作を、猪木vs.棚橋を味わい深いものにしている。