「一応、嘱託職員なんですけど、一年契約なんですよ。だから、それがプレッシャーで。ダメなら無職になっちゃうので」

　たった一年の契約で、あれだけの大企業を辞めたのだ。将来の安定も、決まった収入も擲（なげう）ち、それでも監督になろうとした動機は何だったのだろう。

　改めて問うと、寺田さんは真面目な顔でこう答えた。

©Tadashi Hosoda

困ったときはいつでも俺に相談しろ

「わりと現役時代の最初の頃から、将来的には陸上の仕事に就きたいというのがあったんです。指導者じゃなくても、何かそういうのに携わりたいなと。でも、引退の時にはそんな話がなくて、自分もお世話になった会社でしっかり業務を学ぼうという気持ちだったんですね。現役を引退して、朝練もなくなり、走ることを気にしなくても良いし、最初はこういう生活も新鮮で良いなと思ったんです。でも、ちょっとずつ何か物足りないなとも感じていて……。

　そんな頃に前田さんから指名をいただいたんです。僕がちょくちょく将来的には指導がしたいと相談していたから、おそらくそれを気にかけてくれて。お前がやらないんだったら、他にも全然いるからとも言ってましたけどね（笑）。たしか前田さんも監督になったのが30歳前後で、ちょうど今の僕くらい。『困ったときはいつでも俺に相談しろ』と言ってもらえたのが大きかったです」

ランナーの面影を残す寺田新監督　©Tadashi Hosoda

　そもそも皇學館大が監督を探していたのは、前監督との契約を3月末で打ち切ったからだ。元からコーチはおらず、新チームが始動するのに監督が不在になるという不測の事態。同じ神道系の大学である縁から、前田監督に相談の声が寄せられたのだろう。

　新監督に課せられた使命も、まずは喫緊の課題に対応することだった。

　＜続く＞