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「イノベーションと改善の追求に終わりはない」発売から4年で景色を変えた、アシックスのメタスピードシリーズが見据える未来
posted2025/12/12 11:00
11月の全日本大学駅伝で日本人最高タイムを更新した、早稲田大学の工藤慎作(3年)
text by

和田悟志Satoshi Wada
photograph by
Tadashi Hosoda
11月の全日本大学駅伝。最終8区で歴史が動いた。1995年に早稲田大学の渡辺康幸(現・住友電工監督)が打ち立てたこの区間の日本人最高タイム56分59秒は、30年もの間破られずにいた。この“不滅”とも思われていた記録を、早大の工藤慎作(3年)が5秒更新してみせたのだ。
「1年生の時の全日本大学駅伝では4区を走り、3位からシード権ライン(8位)まで下げてしまい、かなり苦しいレースになりました。凹んだ時期も長かったですが、その挫折を乗り越えて、渡辺康幸さんの記録を抜くことができました。2年前の挫折は今の原動力。“あの日々”を“強さ”に変えることができていると思います」
今季の工藤はハーフマラソンで学生世界一にも輝いた。その華々しい活躍の裏には、こんな苦悩の日々もあったのだ。
「アスリートに寄り添う印象がある」
身一つで戦うランナーにとって、唯一の武器と言えるのがシューズだろう。工藤の数々の快挙を支えているのが、アシックスのメタスピードシリーズだ。
「初めてアシックスを履いたのは、陸上を始める前の小学生の時でした。自分が中学生の頃に厚底シューズが普及し始めた時にも、アシックスの薄底で走っていました。厚底の開発では後れをとったかもしれませんが、ランニングと真摯に向き合っていて開発スピードが早い。アシックスは日本人の足に合っていて、アスリートに寄り添ってくれている印象があります」
こう話す通り、工藤はアシックスのシューズに信頼を寄せている。工藤ばかりでなく、アシックスのメタスピードシリーズを履いたランナーの活躍が続いている。
10月、新年の大学駅伝の出場権がかかった予選会で、個人トップでフィニッシュした山梨学院大学のブライアン・キピエゴン(3年)はメタスピードスカイトーキョーを愛用している。来日し、初めてハーフマラソンを走った時から、キピエゴンはアシックス一択だと言う。
また、日本人トップの個人7位だった近田陽路(中央学院大学4年)は、今シーズン新たに登場したシリーズ最軽量モデル「メタスピードレイ」を履いている。
「初めて履いた時に、反発がすごくて、思ったよりも簡単にスピードを出せました。以前はメタスピードスカイプラスを履いていましたが、今はメタスピードレイが一番合っています」
着用率0%からのスタート
複数の選択肢から今の自分に適した1足を選べることも、ランナーの支持を伸ばしている理由に挙げられるだろう。
その道のりは苦境に立たされたところから始まった。
工藤の言葉にもあるように、他社の厚底レーシングシューズが世界の長距離界を席巻するなか、アシックスはその開発に出遅れた。かつては多くの学生ランナーが足を入れていたが、2021年の新年の大学駅伝ではまさかの着用率0%という事態に陥った。
「おおよその予測はできていたというか、覚悟はしていましたが、とんでもない状況になっていることを、まざまざと知らされました」
当時をこう振り返るのは、アシックススポーツ工学研究所で所長を務めている竹村周平氏だ。もちろん、この“とんでもない状況”をただ看過していたわけではなかった。
実は、すでに2019年11月に廣田康人社長(現会長)直下の『C-PROJECT』なるプロジェクトが発足していた。「速く走ること」を徹底的に追求するために結成され、アシックスの創業者・鬼塚喜八郎氏の言葉である「まず頂上を攻めよ」の「頂上(Chojo)」から名付けられた。このC-PROJECTのリーダーとして指揮を執っているのが竹村氏だ。
”アスリートのため”という原点
「アスリートにとって何が一番大切かを考えてものづくりをやっています。その中でもスピード感を大切にしています。多くの部門、例えば、IP(知的財産)、スポーツマーケティング、開発、デザイン、私が今いる研究所、そういったメンバーが横串となって物事を進めていきました」
待ったなしの状況で、スピード感をもってものづくりは進んでいった。こうして誕生したのが、2021年3月に発売されたメタスピードシリーズだった。
ストライド型とピッチ型の走法の違いに着目し、ストライド型に適した「スカイ」とピッチ型に対応する「エッジ」の2種類を展開したことが画期的だった。
「スカイとエッジの2つを出すことに反対する方がいたのも事実です。『急いで出さなくちゃいけないのに、なんで2つも出すの?』という意見もありました」
それでも、竹村氏らの信念がぶれることはなかった。“アスリートのため”という原点に立ち返り、大切にしたのはアスリートの声に耳を傾けること。その上で“世界で戦える”シューズを開発することを目指していたからだ。
「例えば、スカイを履いたケニアやエチオピアの選手から『しっかりと最後まで踏み込んで、その力を走りに生かすことができる』という意見をもらいましたし、『エッジのほうが最後まで脚がもちますね』と言う日本のアスリートもいました。それぞれのシューズを履きたいというフィードバックとそれに裏付けれた定量的なデータがあったことで、スカイとエッジの2つをだすことにしました」
更なる進化を遂げた新作
竹村氏はこう語る。こうしてC-PROJECTの発足から約1年で、メタスピードシリーズをローンチさせた。だが、ここがC-PROJECTの終着点ではない。むしろ出発点と言ってもいい。
「アスリートにテスト履きをお渡しした際に、彼らからは『こうしてほしい』という声も出ますし、実際に機能評価をすると課題も出てきます。どんどん突き詰めていき、我々がずっと新しいことをやっている、ものづくりを進めていることをアスリートに対してお見せすると、彼らも我々を信頼してくれる。それが『このブランドを履き続けよう』という思いにも繋がります。彼らの課題を抽出してアップデートしていく作業は大事だと思っています」
ここまでメタスピードシリーズは圧倒的なスピード感をもって進化してきた。'22年には「メタスピードスカイプラス」「メタスピードエッジプラス」、'24年には「メタスピードスカイパリ」「メタスピードエッジパリ」が登場。そして、今年は「メタスピードスカイトーキョー」「メタスピードエッジトーキョー」と、さらなる改良が加えられた新シリーズが展開された。さらには、シリーズ最軽量の「メタスピードレイ」も加わった。こうして、トップアスリートの支持を集め、大舞台での着用率も回復していった。
「アスリートのパフォーマンスを高めるためのイノベーションや改善に終わりはないと思います」と竹村氏が言うように、これからも歩みは止まらない。
秋冬の駅伝シーズンに入ると、ランナーの走りと共にその足元にも俄然注目が集まる。この11月にアシックスから、未来への成長を表す「芽が育つ姿」や、スタートを意味する「信号が青に変わる瞬間」から着想を得た「EKIDEN Pack」が登場した。鮮やかな緑色のシューズが、この冬の駅伝で大きなインパクトを残しそうだ。





