「具体的な工夫と言われると微妙かもしれませんが、せっかくの撮影なので楽しんでもらいたいなあという思いで、黙って撮らないようにはしよう、と会話のキャッチボールをすることにしました。〈すみません自分がもしそうだったら怖いと思いますが……〉とお話しすると〈そうですね……確かに、はい〉と返答があって、とてもいい笑顔を見せてくれたんです。そうなると結果的に撮影時間も短縮できましたし、各局が進むごとにとても上手く撮影に臨んでくださったなと感謝ばかりですよね」

第3局は「鏡集め」に奔走

　第3局、藤井がシリーズ2勝目を挙げた際は、一面の鏡に囲まれるという工夫を凝らしたものだったが――これにも裏話があった。デスクの吉田剛さんと河野さんはこう苦笑しながら語る。

「朝から鏡を用意したのですが足りなくて、みんなにとにかく鏡を持ってきて！という感じでしたね」（吉田さん）

吉田さん　©Tadashi Hosoda

「それでもこの対局、比較的終局時間が早かったんです。準備に集中しすぎてて“あ、対局終わってる？”と気づくなど、一番慌てたかもしれません（苦笑）。そういう意味では将棋と棋士が最も大事な要素だと再確認しました」（河野さん）

鏡を集めてのテストカット、モデルは河野さん　写真はスポーツニッポン写真映像部提供

今までストーリー仕立てで撮ったことがない

　藤井の撮影について、スポニチ写真映像部全体で最も頭を使ったのは、第5局のことだった。

　対局の会場となったのは島根県大田市にある「さんべ荘」。過去の4局に比べて、最寄駅から車である程度の距離を移動することが必須な場所だったため、事前に撮影のイメージを固め、準備を済ませておく必要があった。

　ここで「1つのストーリー」を提案したのは、河野さんと同じ20代のフォトグラファーで動画撮影も担当する藤山由理さんだった。

【次ページ】　藤井聡太の「ヤマタノオロチ退治」