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メジャー球団を驚かせた“史上最も過小評価”の日本人ピッチャー…阪神ファンが泣いた“村山実の伝説”「岡田彰布が大ファン」「シーズン防御率0点台」
text by
太田俊明Toshiaki Ota
photograph byMakoto Kenmizaki
posted2023/07/03 11:01
戦後唯一の「シーズン防御率0点台ピッチャー」村山実(阪神)の伝説とは
血行障害発症も…「防御率0.98」
いつも全力投球ゆえ、そのツケが故障となって現れる。入団6年目に右手首の腱鞘炎を発症。病院に通いながら登板を続けた。9年目の1967年(昭和42)には、右腕の血行障害で人差し指と中指が冷たくなり力が入らなくなった。診断した医師は「投げてほしくない。どうしても投げるというなら、フォークボールは絶対に投げないでくれ」と言ったという(村山実『影の反乱』水本義政/ベースボール・マガジン社)。巨人のV9時代の3年目にあたるこの年、村山は伝家の宝刀フォークボールを封印されながら、ONが全盛期にあった巨人に立ち向かったのである。
血行障害発症以降、村山の勝利数は減ったものの、持ち前の気迫と投球術で優れた防御率を維持し続けた。戦後の投手でただ一人シーズン防御率0点台を達成したのも、血行障害発症以降の1970年(昭和45)である。
現代ピッチャーと比較…やはりスゴかった
そんな不屈のピッチャーの「最高の1年」はどのような成績だったのか。そして、無理を承知で考えてみたい。史上最強ピッチャーといえるのか。比較する投手は、当企画の現チャンピオンである山本由伸(オリックス)である。
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村山のベストシーズンは、プロ入り8年目の1966年。この年、最多勝、最多奪三振、ベストナイン、沢村賞を受賞している。山本のベストシーズンである2021年の数字との比較は、以下の通りとなる(赤字はリーグ最高、太字は生涯自己最高)。
【1966年の村山】登板38、完投24、完封8、勝敗24-9、勝率.727、投球回290.1、被安打194、奪三振207、与四球52、防御率1.55、WHIP0.85
【2021年の山本】登板26、完投6、完封4、勝敗18-5、勝率.783、投球回193.2、被安打124、奪三振206、与四球40、防御率1.39、WHIP0.85
登板数、完投数、完封数、勝ち数、投球回では村山が圧倒しているが、これらの数字は時代による違いが大きいので重視しない。
当企画で重きを置く打者圧倒度――1試合あたりの被安打数、9イニングあたりの奪三振率、防御率、WHIP(投球回あたり与四球・被安打数の合計)――を見てみよう。
まず、1試合あたりの被安打数は、村山が6.01に対して山本は5.76と、山本がわずかにリード。同奪三振数は、村山の6.42に対して山本9.57と、山本が大きく上回る。防御率は、村山1.55に対して山本1.39とこれも山本がリード。唯一、WHIPが0.85で並んだ。
この結果、3勝1分で山本の王座防衛とする。
こうして見ると、ひとつの事実が浮かぶ。ほかの大投手に比べ、村山に突出した1年がないことである。今回ベストシーズンに挙げた1966年も、村山の生涯自己ベストという項目がひとつもない。それぞれの最高成績が各シーズンで分散しているのだ。3度も沢村賞を受賞していながら、田中将大の24連勝や江夏のシーズン401奪三振のように、鮮烈な輝きを放ったシーズンがない。この点も、村山が過小評価されている原因かもしれない。