酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
「細川成也と大竹耕太郎が中日・阪神移籍で覚醒」現役ドラフトがNPB版リスキリングに?「巨人オコエも二軍落ちしたけど…」
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/06/13 11:00
中日加入後、3割を大きく超える打率をマークしている細川成也。現役ドラフトで覚醒した代表格といえるだろう
巨人のオコエは2015年楽天のドラフト1位、将来のスター候補と言われたが、彼も伸び悩んでいた。巨人移籍後は一時、二軍落ちも経験したが1番を打つなど活躍している。
広島の左腕・戸根は、巨人時代は中継ぎ、敗戦処理などが多かったが広島では早くも4ホールド。重要な持ち場も任されつつある。なお阪神の大竹と中日の細川は、5月のセ・リーグの投打の月間MVPに選ばれた。これは現役ドラフトの成果をアピールするうえで、大きなインパクトになった。
MLBの「ルール5ドラフト」でも大選手を輩出
現役ドラフトはMLBの「ルール5ドラフト」を手本にしている。MLBでは毎年12月にレギュラー未満でくすぶっている中堅、若手選手を球団がリストアップして他球団が指名し獲得する制度が70年以上前から行われてきた。
1965年にアマチュア選手を対象にした「アマチュアドラフト(ファーストイヤードラフト)」ができるまでは、ドラフトと言えば現役選手対象の制度だった。
「ルール5」とは、MLB規約の5条に記されていることから。ルール5ドラフトで移籍して成功した選手は枚挙にいとまがない。一番有名なのはパイレーツの殿堂入り大打者、ロベルト・クレメンテだ。現役中に飛行機事故で非業の死を遂げたが、ドジャースからルール5ドラフトでパイレーツに移籍して開花。MLB通算3000安打、4度の首位打者、ゴールドグラブ12回、シーズンMVP1回の実績を残した。
そのほかツインズのエースだったヨハン・サンタナ、ナックルボーラーのR.A.ディッキーなどもいる。
MLBではこういう形で、新天地での活躍の機会を得ることを球団も選手も歓迎している。移籍に対する抵抗感はほとんどない。だが、かつてのNPBでは「移籍」はネガティブに受け止められがちな側面があった。
昭和は「プロ野球に出向する」考え方もあったが
昭和の昔、松下電器からドラフト1位で阪急に入団した速球王、山口高志は入団に際して60歳までの雇用契約を結んだ。その契約は阪急がオリックスに身売りしてからも継続し、山口はコーチなどでオリックスに在籍した。またヤクルトの強打者だった杉浦享は、引退後はコーチを経てヤクルト本社に異動し、営業部次長になったというケースもある。
プロ野球選手は会社員ではなく、個人事業主のはずだが、昭和の時代は「球団の親会社に入社し、プロ野球に出向する」スタイルの選手もいた。
「レギュラーになれなくても、引退してもずっと球団にいたい」という選手は今もいるという。「移籍」は「退社」に近い感覚で、トレードが決まるとショックで涙する選手さえいたのだ。
しかしこうした風潮は改められるべきだろう。