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「自分の能力を過小評価していた」大迫傑31歳が明かすマラソンランナーの葛藤「今の僕に必要なのは…」「攻撃的な発言は意味ないなと思って」
text by
涌井健策(Number編集部)Kensaku Wakui
photograph byShota Matsumoto
posted2023/03/12 11:00
現役復帰後、2戦目となる東京マラソンを2時間6分13秒と自己3番目の記録で走りきった大迫傑。レース前にマラソンランナーとして秘めた葛藤を明かしていた
「そうですかねえ(笑)。アンチテーゼ的な発言ってどうしても主語が一人称単数なんですよね。“私”が主語。『じゃあみんなにとってどうなの』っていうところが気になってきました」
――確かに、大迫くんはシュガーエリートの活動を始めてから「日本のランナーは」とか「後輩たちは」っていう“私”以外が主語の発言が自然に増えてきた印象があります。
「そういうことじゃないですか。だって周りがいないと強くならないし。やっぱり上手く周りを巻き込んでやっていくしかないなって……。あれ、なんか話の中身が変わっちゃいましたね(笑)」
東京マラソン「もっとプッシュしたかったですけど…」
その後、大迫はケニアで順調に練習がつめていること、東京マラソンではいつも通り走るつもりだということを緊張感も含ませつつも淡々と話してくれた。
この2月のインタビュー、そして実際の東京マラソンの走りで、大迫傑がより成熟したマラソンランナーに変わりつつあることを強く感じた。多くの意味で“too much"だった自分をうまくコントロールすることで、これまで以上に結果と背中で後輩を引っ張る存在になるだろう。
ただ、一抹の寂しさを感じないでもない。ギラギラして、尖った部分を隠さないのも大迫の魅力だからだ。でもキプチョゲは悟りを開いたかのような穏やかさを漂わせているしな――そんなことを東京マラソンのミックスゾーンで考え、メディアルームに戻ろうと歩いていたら、偶然、大迫と遭遇した。
ゴールから30分以上がたって興奮は消え、足取りはゆっくりだが、いつもの表情だ。
「自分をコントロールした、いい展開でしたね」
そう声をかけた。
すると、ちょっと苦笑いを浮かべ、予想外の悔しさを滲ませた言葉が返ってきた。
「もっとプッシュしたかったですけど、プッシュできませんでした」
そうだ、忘れていた。大迫は世界と戦うために再び走り始めたのだ。節度、中庸はあくまで強くなるための、レースで最高のパフォーマンスを発揮するための手段。今回の東京でも誰よりも冷静に、でも誰よりも熱く海外勢に挑み、彼らと今の自分の距離感をはかっていたはずだ。
ふと漏れた言葉に、日本マラソンを大迫傑が牽引する時代はそう簡単に終わらないよ、と諭された気がした。
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