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「久保建英が鼻歌を歌いながら…」現地で記者が目撃した“チーム最年少・久保の素顔”…クロアチア戦後に語っていた「押し通すくらいの『個』」
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byKiichi Matsumoto/JMPA
posted2022/12/23 11:05
最年少ながら、W杯でも存在感を見せた久保建英
「よく言えばチームのためにやることはやれた。悪く言えば自分のやりたいことはやれなかった。こういう大会でチームを優先するのは当たり前だが、それを押し通すくらいの『個』が自分にはまだなかった。自分の見積もりの甘さというか、僕の今の状態なら押し通せるだけの『個』があるだろうと思っていた自分の勘違いだった」
大会前、久保は2022-23シーズンの1年間について、「今季はW杯までとW杯後の2シーズンだと思っている」と話していた。カタールで感じた課題である「個の能力」をもっと上げるためには「ソシエダをチャンピオンズリーグの常連にすればいいこと。今季、4位以内で終わって、もしくはヨーロッパリーグで優勝して、来季チャンピオンズリーグで戦うことがマストなのかなと思う」と言い、先を見据えた。
また、4年後の26年北中米W杯までは先が長すぎるとし、日の丸をつけての次の世界大会のターゲットとしては23歳で迎える24年パリ五輪を挙げた。これは記者からの具体的な質問ではなく、久保自身が切り出した話題。そこに大きな意味がある。
「不完全燃焼感」が久保の原動力に
「(東京)オリンピックのときと違って今回はちょっと不完全燃焼感もある。オリンピックは自分のやりたいことをやれた大会だったので、個人として勝手に満足して、一度これで区切ろうかなと思っていた。けれども、ワールドカップが不完全燃焼だったので、オリンピックでもしチャンスをもらえるのであれば出たい」
久保の日本代表への思いは非常に強い。4年前の18年6月。久保はU-19日本代表の一員としてロシアW杯の日本代表ベースキャンプ地であるカザンで約1週間の合宿生活を送り、A代表とも合同練習をし、W杯の試合観戦もした。ちなみにこの時のU-19日本代表メンバーで今回のカタールW杯に出場したのは久保と伊藤洋輝の2人だけである。
カザンで取材に応じた当時17歳の久保は、「刺激だらけです」と目を輝かせていた。
「一番印象に残ったのは日本の試合です。理由は自分は日本人だからです。自分の国のトッププレイヤーを見ると、自分もいつかこうなりたいと思います。自分の目指しているところです。他の国の試合も迫力がありますが、やっぱり自分の国の代表は一番です」と、初々しさを漂わせながら、興奮気味に話していた。
それから4年。数々の苦境に直面し、難しい選択を強いられながらも自分で自分の道を切り開き、技術やセンスに加えて経験や胆力を身につけた。カタールW杯での悔しさもまた、圧倒的な「個」へ向かわせるための原動力となるに違いない。久保は既にソシエダに合流しており、まもなくラ・リーガでの戦いが再開する。久保にとっての“新たなシーズン”が始まる。
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