「監督から左だから投手やったら、と言われました。3年の秋から先発投手になって4年のときはエースでした。

　当時、東大は“通算200勝”に王手をかけながら連敗していた。それがマスコミの注目を集めていました。同時期にロッテの村田兆治さんが200勝間近で、どちらが早いかと報じられ、村田さんが先に達成（1989年）すると、今度は広島の北別府学さんとどちらが早いかなど、連敗が伸びるにつれて、報道が増えていきましたね。私が3年のときには、NHKでは特集番組が放送されました。タイトルは『負け続けた男たち』。4年のときはテレビ朝日が密着取材してくれました」

通算0勝12敗でもプロ、プロと言い続けていたら…

東大時代の小林さん　©NIKKAN SPORTS

　小林氏の東大での通算成績は0勝12敗で、同校200勝のテープを切ることはなかった。東大卒なら当然、就職や大学院進学を考えるところだが……。

「やっぱり野球を続けたい、だったらプロ志望と言って、何がおかしいんだと、本人だけは思っていました。

　プロ、プロと言い続けていたら、広島のスカウトをしていた渡辺秀武さん（元巨人、日本ハム、大洋、ロッテ、広島）の耳に入って“君、本気なの？”と電話をもらった。“本気です”と伝えると、“うちでは無理だけど、金さん（金田正一／当時ロッテ監督）が面白がるかもしれないな、ちょっと電話してみるから待ってなさい”となって、ロッテのスカウトだった醍醐猛夫さんから電話があった。そこでもやっぱり“本気なの？”と確かめられて、“だったらテストをするから浦和のロッテ球場に来なさい”となった。

　54歳になった今わかるのは、こうなりたい、こうしたいという若者の熱情は、大人を動かすチカラがあるんですよね」

「東大の小林君だよね」と声を掛けられて騒ぎが

　浦和の球場では、早稲田大出身の小宮山悟から「何しに来たんだよ」と言われた。そして東京六大学も担当していた顔見知りのスポーツ紙記者から「東大の小林君だよね」と声を掛けられ、ここから騒ぎが広がる。

「その日の夕方から『東大生がロッテの入団テストを受けている』って、ニュースで流れていたそうです。家の前に黒塗りの車がずらり並んでいました。テレビと新聞の記者が、私の帰りを待ち構えていました。翌日はスポーツ紙全紙が1面でした。朝のワイドショーもばんばん取り上げている。えらいことが起きているなと思った。

　実はテスト当日、金田さんが来られなかったんです。そこで醍醐さんに“もう1日来てくれ”って言われて、翌日もテストを受けた。朝、埼京線で新宿から乗って武蔵浦和で降りたら改札は報道陣でごった返している。ものすごい報道陣の中で2日目のテストを受けて金田さんに呼ばれました。

ロッテ時代の金田監督（※複写）　©Sports Graphic Number

　“坊主、野球やりたいか？”、“はい”、“じゃ、あとは醍醐に任せた”といったやり取りがあって、入団が決まりました。あのときのしびれるような感覚は、脳裏によく焼き付いていますよ。奇跡って起きるんですね」

　しかしこの年のドラフトで小林氏は指名されなかった。

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