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欧州サッカーPRESSBACK NUMBER
“元世代別日本代表”浦田樹はなぜクロアチアに? 日本、ブラジル、東欧を股にかけた独自のキャリアと「あるウクライナ人夫妻」への思い
text by
長束恭行Yasuyuki Nagatsuka
photograph bySiniša Sović / NK Varaždin
posted2022/10/15 11:00
クロアチア1部リーグのバラジディンに所属する25歳の浦田樹。インタビュー前編では、そのユニークな経歴について話を聞いた
「CLでマドリーを倒した監督」に獲得されるも…
――そこで給与未払い問題が起こったと。
そうですね。監督からは「新シーズンから勝負してくれ」みたいな感じで言われていたのに、その監督がいなくなっちゃって。あれですよ、シェリフ・ティラスポリを率いた……。
――昨季のCLでレアル・マドリーを倒したユーリー・ベルニドゥブですか?
そうです、そうです。その監督が僕を獲ってくれたんですよ。
――本当ですか!
はい。結局、彼とは2カ月間しか一緒にやれていないんですよ。新しい監督としてブレーメンでコーチを務めていたウクライナ人(ビクトル・スクリプニク)がやってきて、「ドイツでの指導経験があれば日本人のことも理解してくれる」と思っていたら、今までいた外国人は全員戦力外となりました。
――方針の違いですか?
そうですね。キャンプには連れていってもらえず、ゾリャのU-23チームで練習と試合をやるだけでした。途中からチーム練習への参加もさせてもらえなくなりまして。それでも契約は残っているので練習には行かないといけない。なので、毎日30分間ジョギングしていました(苦笑)。
――実際にゾリャとの契約を解除できたのはいつですか?
もう年明けですね。ウクライナでは「いろいろありすぎたな」と。そんな中、隣町のドニプロにある下部リーグのクラブとの練習試合で、相手チームのボランチが日本語で声をかけてくれたんですよ。夫婦で日本に住んでいたウクライナ人で、今でも連絡を取っています。彼と彼の奥さんとの交流は僕にとって凄く大きいですね。彼の支えがなくてはウクライナでの生活は成り立たなかったと思います。それだけに戦禍のウクライナを支援する活動も考えています。
――最初の欧州生活で得たものはありますか? これは住んだ者にしかわからないと思うのですが。
「日本とは全然違うな」というのはありました。ホームシックには間違いなくなりましたし、ウクライナで毎日ジョギングを30分していたら「なんで俺はこんなことをしているの?」なんて気持ちになるんですよ。でも「どんな状況でも今やれることをやっていこう。次のクラブで活躍するためにトレーニングを積もう」と思って、ほぼ毎日ジムに行って2部練習をこなしていました。