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坂口智隆38歳引退「近鉄戦士」がNPBでゼロに… 独立L兼任コーチ近藤一樹39歳らと「球界再編」を乗り越えた苦労人に拍手を 

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広尾晃

広尾晃Kou Hiroo

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posted2022/10/05 06:22

坂口智隆38歳引退「近鉄戦士」がNPBでゼロに… 独立L兼任コーチ近藤一樹39歳らと「球界再編」を乗り越えた苦労人に拍手を<Number Web> photograph by JIJI PRESS

引退試合で胴上げされる坂口智隆

 当時、同世代の「松坂大輔キラー」として売り出し、外野のレギュラーに手が届きかかっていた大西宏明は、オリックスに入団して再びレギュラー争いにもまれることになったが、「球界再編がなければ、近鉄でレギュラーになっていたかもしれません。でも、球団が変わってレギュラーにはなれなかった。それだけの選手だったということです」と筆者に淡々と語った。

 同じく救援投手として芽が出かかっていた近藤一樹も「行けと言われたチームに行っただけ」と語った。

オリックスでレギュラー、自ら退団しヤクルトへ

 20歳の坂口智隆も同様で、新天地のオリックスで激しいポジション争いを経験することとなる。

 プロ入り6年目の2008年には、前年まで外野を守っていた平野恵一の阪神移籍などもあり、初めて規定打席に到達。さらに2009年、10年と打率3割を連続で記録。レギュラーの座をつかんだ。

 打撃以上に光ったのが外野守備だった。守備範囲が抜群に広く、しかも強肩。2009年には14補殺を記録。4年連続でゴールデン・グラブ賞を受賞、俊足、早打ちで、イチローをほうふつとさせるリードオフマンだった。一方でワイルドな風貌は、昭和の近鉄バファローズの切り込み隊長、平野光泰を思わせるものもあった。

 2014年、チームが6年ぶりにクライマックスシリーズに進出した年は、打率は低かったものの好機に殊勲打を打つことがしばしばあり、クラッチヒッターの一面を見せつけた。

 しかし翌年からオリックスは低迷の時期に入る。坂口の出番も大きく減っていき、2015年オフに坂口は自ら退団を申し入れ、ヤクルトに移籍する。

 30歳を超えてからの新しいリーグへの挑戦、しかもレギュラーは保証されていない。しかし坂口はこの逆境から外野のポジションをつかむとともに打率.295(10位)の成績を残すのだ。筆者が感心したのは、もともと早打ちだった坂口が、投手の配球をじっくり見る巧打者へと変貌していたこと。出塁率は4割近くになった。

 翌年も.290(12位)をマーク。中堅、右翼を守ってヤクルトの主力選手になった。

キャンプでファースト守備に精を出していた

 しかし2018年、ヤクルトにチームのレジェンド、青木宣親がMLBから復帰した。名外野手・青木の復帰で、坂口のポジションは再び危うくなったかと思えたが――。

 この年2月、浦添市のヤクルト春季キャンプを見に行った筆者は、センターのポジションで「アラボーイ!」と元気な掛け声をあげる青木の姿を見つけたが、内野に目を転じると、ファーストミットを手にノックを受ける坂口の姿が飛び込んできた。

【次ページ】 もう1人の「近鉄最後の戦士」近藤は今、四国で

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