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父・東尾修と“3歳差”、東尾理子が石田純一との結婚を本気で考えた瞬間「もちろん噂は聞いてましたけど…」〈ロンハーSPでプロポーズ〉
posted2022/09/19 11:03
text by
郡司倫Rin Gunji
photograph by
Sankei Shimbun
プロテストに合格した東尾理子は1999年11月の「大王製紙エリエールレディスオープン」で日本ツアーのデビューを飾った。
実質のルーキーイヤーとなった翌2000年は出場9試合のうち5試合で予選通過。「ヴァーナルカップRKBレディース」では5位タイに入るなど、まずまずのスタートを切った。
その年のQT(クォリファイングトーナメント)では上位に入り、01年はより多くの試合への出場権を得ることに。ツアー開幕戦のダイキンオーキッドレディスで5位タイに入ると、その後も安定したプレーでトップ10入り3回。年間賞金ランキング44位となり、自身初となる翌シーズンの賞金シードを獲得した。
プロテストで世間から大きな注目を浴びたことを考えれば、センセーショナルな活躍とはいえないが、着実にステップアップしているという手応えを感じていた。
しかし、そううまくはいかないのがプロの世界。02年はショットの精度を欠いて賞金ランキング61位と低迷し、1年で賞金シードを手放した。03年は開幕戦のダイキンオーキッドレディスで7位タイに入ったものの、その後は十分な出場機会が得られず、出場した試合でも予選落ちが続き、厳しいシーズンを送っていた。
高校生プロ・宮里藍の出現
そんな折、当時東北高校3年の宮里藍が主催者推薦で出場した9月の「ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン」で、アマチュアとして30年ぶりとなる鮮烈なツアー初優勝を挙げる。翌10月には早くもプロ転向を表明し、史上初(当時)の高校生プロゴルファーが誕生した。
弱肉強食のプロスポーツ界で、結果を出したアスリートがフィーチャーされるのは当然のことである。ましてや、愛嬌のある表情を絶えず浮かべて清廉な受け答えをする現役女子高生ゴルファーに、メディアが飛びつかないはずがない。“藍ちゃんフィーバー”は、ゴルフ界を超えてとどまることなく広がっていく。
「東尾の娘プロテスト合格」のニュース速報が世間を賑わせてから約4年。女子プロゴルフ界の“センター”は確実に移り変わっていた。