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「清原、ナイスバントだよ!」巨人時代の”番長”清原和博に長嶋茂雄監督が放った一言「ああ、この人にはどうあっても敵わないんだと…」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2022/09/07 11:20
巨人時代の清原和博
「清原、ナイスバント。ナイスバントだよ」
長嶋は弾むような声でそれだけ言うと電話を切った。
「あんときな、むしゃくしゃしていたことなんてどうでもよくなって笑えてきた。ああ、この人にはどうあっても敵わないんだと思ったわ」
清原は隣の記者にそう言うと、また笑った。50歳を超えたいま、忘れてしまったことも多かったが、なぜかあの時代のことはよく覚えていた。
清原が松井秀喜について語ったこと
清原はそれから松井秀喜についても話した。
「松井ってチャンスでも淡々と初球を見逃すやろ。おれにはああいうことはできなかった」
夏の甲子園で名を轟かせ、巨人軍にドラフト1位で入った7つ歳下のスラッガーは自分にないものを持っていた。松井はたとえ10点差でリードしていても、同点の9回裏ツーアウト満塁でも、ほとんど同じように打席に立ち、変わらぬスイングができた。スタジアムの雰囲気や観衆の視線によって血をたぎらせて打席に立つ清原とは対極にいるようなバッターだった。
「4番が初球をガーンと振ればベンチもよしいったろうって盛り上がるもんやとおれは考えていたけど、あいつはそういうことはしなかったよな」
一瞬も日常も同じように生きることのできる松井はやがて、清原に代わって巨人軍の4番バッターとなった。振り返ってみると、清原は長嶋や松井のような振る舞いはできなかった。巨人軍の象徴にはなれなかった。だが、それでよかったのかもしれないとも思っていた。結局のところ、自分は自分としてしか生きられないのだ。
清原の言葉に記者は深く頷いていた。アルコールが心地よくめぐった。あのころに戻っていくような感覚だった。ふと、清原はTシャツからのびる腕をカウンターに並ぶ記者の前に差し出した。