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「清原、ナイスバントだよ!」巨人時代の”番長”清原和博に長嶋茂雄監督が放った一言「ああ、この人にはどうあっても敵わないんだと…」
posted2022/09/07 11:20
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
BUNGEISHUNJU
ベストセラー『嫌われた監督』で大宅賞、講談社ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞、ミズノスポーツライター賞の4冠受賞を果たした作家・鈴木忠平氏の待望の新刊『虚空の人 清原和博を巡る旅』より一部抜粋してお届けします。(全3回の3回目/#1、#2を読む)
ビールで乾杯したあと、清原は升酒を2つ注文した。升の中のグラスに注がれた日本酒が半分凍っているもので、このところその飲み方が気に入っていた。飲み口がよくなり杯がすすむのだ。
隣に座った記者は升酒をあおると懐かしい話をはじめた。
「いつだったかな、清原さんについてくるなと強く言われていたのに、断りなく取材についていったことがあったんです。覚えてますか?」
記憶にあった。マスコミには明かさずにアメリカへオフシーズンのトレーニングに向かったときだった。
「帰国した後に話すからそっとしておいてくれ」
記者にはそう伝えたはずだったが、出発当日の朝になると彼はスーツケースを手に、押しかけるように成田空港に来ていた。
「あのときはずいぶん怒られましたよ。もう勝手にせえ、来るなと言ったのに勝手に来たんだからおれは知らんって、清原さん、すごい剣幕でしたから」
記者はそう言うと、ちらっと清原の顔を見た。
「でもね、ぼく、心のどこかでこう思ってたんです。とにかくアメリカまで行ってしまえば清原さんはずっと突き放したままにはしないだろう。きっと何か喋ってくれるはずだって」
彼はあのころのまま愛嬌のある笑みを浮かべた。清原もつられて笑った。お返しというわけではなかったが、清原も昔の話をした。当時の監督、長嶋茂雄のことだった。
甲子園球場でのあるゲームで長嶋から送りバントを命じられたことがあった。清原はサインを実行した。犠打を決めたのは新人時代以来だった。コーチやチームメイトから拍手されたが、内心おもしろいはずがなかった。試合に勝ってもどこか心は晴れなかった。すると翌朝、ホテルの部屋に電話がかかってきた。寝ぼけ眼をこすりながら受話器を上げると声の主は長嶋だった。