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「清原、ナイスバントだよ!」巨人時代の”番長”清原和博に長嶋茂雄監督が放った一言「ああ、この人にはどうあっても敵わないんだと…」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2022/09/07 11:20
巨人時代の清原和博
「ええか。覚醒剤ってな、ここにこうやって打つんや」
事件のことについて何も訊いてこない記者にあえてそう言った。この日に限ったことではなかった。他の誰かと会って酒を飲む。場が和んだころに清原は自ら覚醒剤について触れた。たとえば店員が塩を持ってきたなら、その白い結晶を見つめながら、「ああ、これが覚醒剤だったらなあ」と呟く。そこが照明を落とした個室であれば、留置場での日々がどんなだったかを話して聞かせる。冗談めかして笑いながら。
たいていの人たちは笑みを保ったまま清原の言葉を聞いていた。ただし微笑みの色が変わる。表面上は変わらないが、心がすっと冷めて遠ざかっていく。自分との間に見えない一線を引くのが清原には分かった。
相手を責める気にはならなかったが、その度に孤独とともに湧き上がってくる衝動があった。それは他者と自分との隔絶に対する憤りであり、諦めでもあった。
警察から呼び止められ…「ちょっとお時間よろしいですか?」
あれはひと月ほど前のことだった。清原は渋谷のジムでトレーニングをしたあと、道玄坂下の交差点で信号を待っていた。すると目の前を警察車輛が通り過ぎた。瞬間的に乗っていた警官と目が合った。窓ガラス越しの表情が明らかに変化したのが見てとれた。警官はパトカーを少し先の路上に止めると清原のほうへ歩いてきた。
「すいません、ちょっとお時間よろしいですか?」
多くの人間がいる中で清原ひとりに声をかけてきた。
「なんですか?」と訊くと、その警官は言った。
「いくつか質問をさせてください。不自然に汗をかいていらっしゃるようなので」
清原はうんざりした気持ちになった。
「汗をかいてるのは、ジムでトレーニングした後にシャワーを浴びて出てきたからですよ」
言っても無駄なことは分かっていた。この先に何が待っているのかも見当がついていた。それでも黙ったままではいられなかった。
いつしか通行人たちの視線が集まっていた。警官は穏やかに、それでいて逆らうことを許さない口調で言った。
「ここではなんですから、署まで来てもらえますか?」