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「松井、本当に王さんになったな」“5打席連続敬遠”の敗北後、星稜・山下監督は宿舎で松井秀喜をほめていた「すばらしい態度だったぞ。ありがとう!」
text by
石黒謙吾Kengo Ishiguro
photograph bySankei Shimbun
posted2022/08/16 06:02
30年前の1992年8月16日、明徳義塾戦で星稜・松井秀喜は5打席連続で敬遠策を取られ、チームも敗れた。当時の監督、山下智茂に話を聞くと…
「勝負! 勝負!」の声は「帰れ! 帰れ!」に
球場は騒然となる。「勝負! 勝負!」の声は、「帰れ! 帰れ!」に変わった。三塁側アルプスからメガホンが投げ込まれ始めた。甲子園史上、唯一、空気が黒く染まった瞬間だった。
「あんなの高校野球では考えられんことです。うちの選手はただびっくりしてるし、とにかく明徳の選手がかわいそうでね。それで僕が『おい、拾いに行くぞ!』と選手に声をかけて、真っ先に飛び出した。そしてスタンドに『やめてください!』とお願いした。あそこで行かなかったら、どんどんメガホンが投げ込まれたと思う。負けてるのに、あの時は冷静でしたね。頭に来たら、もう負けですから」
星稜ナインがメガホンを片づける光景を、一塁上の松井はどんな思いで見つめていたのだろうか。間近のベンチに立つ馬淵監督は、あえてだろう、無表情を貫いている。異様な雰囲気を引きずったまま、試合は再開した。
ベンチに戻ってきた選手たちに、山下監督は「よし行こうや! これから勝負だ、冷静になって行けよ!」と声をかけた。そして、松井に「行くぞ」と視線で合図を送った。
「盗塁させとけば、満塁策をとって、5番の月岩も敬遠してくれるかなとも思ったんだけどね。6番の福角は当たってましたから」
あの雰囲気の中では誰だって打てんでしょう
松井は盗塁に成功。2死二、三塁と一打逆転の場面となり、月岩が5度目の打席に入る。が、明徳ベンチは当然のようにバッター勝負。
ここで、代打は考えなかったのだろうか。
「全然、考えなかった。月岩は松井、山口と並ぶいいバッターなんで、信頼してました。最後の打席は、引っ張らずにセンター中心に打ってこいよ、と言って送り出した。でも、あの雰囲気の中では誰だって打てんでしょう」
月岩は2-2からの5球目、外角のカーブを引っかけ気味に転がしサードゴロ。「耐えて勝つ」という山下野球のスローガンも、成就しなかった。
「試合後はもう悔しくて、インタビューでも最低限しかしゃべらなかった。最後に『男と男の勝負をして欲しかった』と言ったのは覚えてるけど、あとは忘れましたよ。選手にも声をかけられなかったね。松井もかわいそうでした。全打席で1球1球タイミングとって、ボールを待ってたじゃないですか。そしてバットを侍のようにサッと置いて、一塁に走っていく姿を見てると、3年間何のために野球やってきたのかなあと。甲子園で打つために練習をしてきたのに……」