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「悪しき前例になる」ウィンブルドンのロシア選手出場禁止にテニス界が猛抗議する理由…30年前、世界が危惧した“幻の優勝パーティー”とは
text by
山口奈緒美Naomi Yamaguchi
photograph byGetty Images
posted2022/04/28 11:02
4月末のセルビアオープン決勝でジョコビッチを倒したロシア人選手のルブレフ。ウィンブルドンの決定を「完全な差別」と一蹴している
ウィンブルドン慣例の優勝者ダンスが“戦争敵国同士”に?
ロシアへの憎しみやロシア選手への強い非難の言葉で思い出したのは、90年代のユーゴスラビア紛争時のテニス界だ。中でも1992年のウィンブルドンでは、対立する当事国の若い男女ふたりの選手が決勝に勝ち進み、この民族争いがいっそうクローズアップされた。ふたりは、当時20歳だったクロアチアのゴラン・イバニセビッチとユーゴスラビアの18歳モニカ・セレス。ユーゴスラビアからの独立後、クロアチアでは国内のセルビア人勢力やそれを支援するセルビア主導のユーゴスラビア連邦軍との紛争が続いていた。
大会中、セレスの滞在する家を狙った爆破予告が届くなど不穏なムードの中、密かに危惧されていたのが、イバニセビッチとセレスが揃って優勝するというシナリオだった。ウィンブルドンでは最終日の夜にチャンピオンたちのパーティーが催され、そこで男女のシングルス優勝者はペアでダンスを踊るのが慣習だからだ。
イバニセビッチはこんなコメントを残している。
「そんなことになったら、まずはビールを何杯か流し込んでから彼女(セレス)と話をするさ。僕はクロアチアの人々のために戦っている。祖国の現状に心も体も引き裂かれる思いだ。彼女は何のために戦い、いったいどう感じているのか。悪いが、親しくなることはできない」
結局、イバニセビッチはアンドレ・アガシに、セレスはシュテフィ・グラフに決勝で敗れたのだが、自分にとってはコートが戦場なのだというイバニセビッチは傷ついたクロアチアのヒーローだった。そのイバニセビッチが今はセルビアのジョコビッチのコーチについている。その関係が始まったのは2019年で、あれから30年近くが経つというのに、両国の人々の感情を揺さぶり起こし、批判も噴出したという。
「クロアチアもセルビアももとは一つの国じゃないか。僕が子供のとき、まわりはみんなゴランを応援していたよ」と批判をはねつけたジョコビッチは今、「戦争には強く反対するが、ウィンブルドンの決定はどうかしている。テニス選手、アスリートは戦争と関係ない」と持ち前の大胆なリーダーシップを発揮しそうな気配を見せる。
「何がフェアなのか…」渦中のロシア選手の言葉が刺さる
主張の対立が激化する中、この件に関しては何も意見を発信していないメドベージェフが3月のマイアミで語った言葉が繰り返し思い出される。
「生きていく中で、何がフェアで、何がフェアでないかなんて、すごく難しい話だよ」
テニスの理念が、大きく揺れている。