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「悪しき前例になる」ウィンブルドンのロシア選手出場禁止にテニス界が猛抗議する理由…30年前、世界が危惧した“幻の優勝パーティー”とは

posted2022/04/28 11:02

 
「悪しき前例になる」ウィンブルドンのロシア選手出場禁止にテニス界が猛抗議する理由…30年前、世界が危惧した“幻の優勝パーティー”とは<Number Web> photograph by Getty Images

4月末のセルビアオープン決勝でジョコビッチを倒したロシア人選手のルブレフ。ウィンブルドンの決定を「完全な差別」と一蹴している

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山口奈緒美

山口奈緒美Naomi Yamaguchi

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 今思えば、あれはロシアのこの状況を暗示するかのようだった。

 2月末に約5年3カ月ぶりの新王者となったダニール・メドベージェフは、その数週間前に全豪オープンの決勝で敗れたあとの会見で、こんなことを言っていたのだ。

「テニス界には若い世代のスターが必要だ。若い世代の台頭が期待されているとずっと言われていたから、僕もがんばろうと思ってきた。でもいざコートに入ると、誰も僕を応援してくれない。もう夢を見るのはやめたよ。ロシア人だということは大きな要素だと思う。今はロシアのテニスは強くて国内ではよく話題になるけど、試合になればみんな相手の国の選手の味方につくんだ」

 コートでもインタビュールームでも自由すぎるくらい自由奔放に振る舞い、ポスト・ビッグ4の時代のリーダーという地位を謳歌していたかに見えたモスクワ生まれの青年が、常に“嫌われ者”である寂しさを抱いて戦ってきたことを、初めて知った。テニスのワールドツアーは国を代表して戦っているわけではないが、孤独な個人の戦いであるがゆえにむしろ、選手たちは国を思い、国を意識しながら戦っているのだろうか。

 それから1カ月も経たないうちに、ロシアは世界の悪者となった。スポーツ界でもロシア排除の動きが進む中、テニスは国別対抗戦であるデビスカップとビリー・ジーン・キング・カップ(旧フェドカップ)のみロシアとベラルーシを失格扱いにしたが、個人ツアーに関してはロシアとベラルーシの国を一切表記しないことで参加を認めていた。テニスが謳う自由と公平をギリギリのところで守っていたのだ。

異例中の異例だった、ウィンブルドンの“出場禁止対応”

 しかし先週、ウィンブルドンを主催するオールイングランド・ローンテニスクラブ(AELTC)が、今年の大会にロシアとベラルーシの選手の出場を認めないと発表した。イギリス国内のムード、政府の意向が強く反映されたものと考えられる。これにより、メドベージェフのほか世界8位のアンドレイ・ルブレフ、女子の4位アリナ・サバレンカ、15位のアナスタシア・パブリチェンコワなど、今の段階で本戦にダイレクトインできそうな選手だけでも男女合わせて15人以上が出場できない。

 このようなことは、第二次世界大戦の戦争責任国としてITF(国際テニス連盟)から追放された国々が完全復帰して以降は例がない。なお、最終的に日本とドイツが復帰できたのは1950年で、それまで個人としても国際大会への参加は認められなかった。この70余年の間にも世界の各地で戦争や紛争があったが、当事国やその民族のテニス選手がそれを理由に出場を禁じられたことはない。

【次ページ】 男女のテニス協会も揃って抗議「国籍による差別」

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ダニール・メドベージェフ
アンドレイ・ルブレフ
アリナ・サバレンカ
アナスタシア・パブリチェンコワ
アレクサンドル・ドルゴポロフ
シュテフィ・グラフ
アンドレ・アガシ
モニカ・セレス
ゴラン・イバニセビッチ
ノバク・ジョコビッチ

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