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「見せましょう、野球の底力を」が重圧だった… 楽天・嶋基宏が苦悩から解き放たれた瞬間とは【3.11】
text by
間淳Jun Aida
photograph byJIJI PRESS
posted2021/03/11 11:03
「見せましょう、野球の底力を。見せましょう、野球選手の底力を」。嶋基宏を一躍有名にした言葉だったが、プロ野球選手として苦悩した期間もあったという
嶋が口にした第一声は“謝罪”だった
「まずは、地震が起きてから僕たち楽天イーグルスは、こちらに足を運ぶことができませんでした。この場を借りてお詫びしたいと思います。申し訳ありませんでした」
嶋の第一声は謝罪だった。そして、選手全員で深々と頭を下げた。震災から1カ月近く経って、初めての被災地。申し訳なさでいっぱいだった嶋は、罵声や非難も覚悟していた。
しかし、選手たちは拍手と歓声で迎えられた。
避難所となっていた小学校はガラスが割れ、時計の針も止まっていた。あすの生活も見えないはずの被災者たち。家族や家を失った人たちもいた。激励するために訪問した被災地で、元気や勇気をもらった嶋は「自分の今までの苦労がいかにちっぽけだったのかと感じた。みんなの笑顔に胸が熱くなった。本当に救われた」と目に涙を浮かべ、シーズンへの決意を新たにした。
ロッテとの開幕戦、昨季3本塁打の嶋が
4月12日、ロッテとの開幕戦。嶋は球史に残る一発を刻んだ。
同点で迎えた7回2アウト一塁、三塁。初球を振りぬいた嶋の打球はレフトへ。東北の願いを乗せた白球はスタンドに突き刺さった。前のシーズン、127試合でわずか本塁打3本の嶋が決勝3ラン。青空に人差し指を突き上げ、4度ガッツポーズしてダイヤモンドを一周した。被災地に白星を届けるアーチに「とにかく、東北の皆さんと一緒に戦っている思いで。スタンドに打球が入った瞬間、鳥肌が立った」と喜びを爆発させた。
プレーで体現した「底力」。楽天は4月を9勝6敗と勝ち越し、上々のスタートを切った。
しかし、プロの世界は甘くなかった。
減る体重、円形脱毛症もできていた
肉体的にも精神的にも、嶋の疲労は限界を超えていた。例年、84キロを維持している体重は交流戦が始まって間もない5月中旬には80キロを切っていた。
「期待に応えなければならない」
その思いは強くなり、眠れない日が続いた。左側頭部には円形脱毛症ができていた。
震災発生からシーズン開幕までの間、選手会長の仕事に追われていた嶋。オープン戦の試合後や全体練習後に時間をつくりバットを振ったが、調整不足は明らかだった。前のシーズン3割を超えた打率は、前半戦を終了したときは1割台に低迷した。他の選手も疲労は隠せず、チームは失速。勝負どころの終盤では接戦を落とし、66勝71敗7分けの5位に終わった。