フランス・フットボール通信BACK NUMBER
18歳で“プロ契約より銀行員”を選んだバイエルン監督・フリックは、どうやってチームを再建したのか?
posted2020/11/15 17:01
text by
ティエリー・マルシャン&アレクシス・メヌーゲThierry Marchand et Alexis Menuge
photograph by
Sébastien Boué/L’Équipe
今から1年前、バイエルン・ミュンヘンはチーム瓦解の危機に直面していた。ところがシーズンが終わってみると、チャンピオンズリーグとリーグ、カップ制覇の3冠を達成。世代交代も進めたうえに新たなプレースタイルの構築にも成功した。
いったいバイエルンに何が起こったのか。シーズン途中に監督に就任したハンス・ディーター・フリックは、チームに何をもたらしたのか……。フランスフットボール誌8月26日発売号で、ティエリー・マルシャン、アレクシス・メヌージュ両記者が、バイエルン成功の秘密を解き明かしている。
(田村修一)
◆◆◆
バイエルン・ミュンヘンは、新たなチームへの移行を完璧に実現した。3年前からはじまったこの変革は、昨年夏にアリエン・ロッベンとフランク・リベリーがチームを離れたことで一気に加速化した。そして秋にハンス・フリックを監督に昇格させたことにより、大いなる果実を結実させたのだった。
プロ契約よりも銀行員を選んだ
18歳のときにハンス=ディーター・フリックは、VfBシュツッツガルトとのプロ契約よりも銀行員になる道を選んだ。そして35歳で、妻とともに生まれ故郷のバーデン・ビュルテンベルク州バメンタルでスポーツ用品店を開いた。その後55歳で、彼の人生はバイエルン・ミュンヘンの未来と交錯する。昨季のバイエルンの成功――6度目の欧州制覇とクラブ史上2度目の3冠(CLとブンデスリーガ、ドイツ杯)は、2013年のそれの再現であるといえた。
ただ、両者を比較したときに、現在のチームの戦いぶりは圧巻だった。CLでは11戦全勝。しかも相手にリードを許したのは、11試合でわずか14分間(グループリーグでトッテナムが3分、オリンピアコスが11分)に過ぎない。守護神ノイアーとキミッヒを要とする鉄壁の守備、レバンドフスキの推進力とニャブリのきらめき、コマンの狡猾さ……。だが、そうした選手個々の輝き以上に、就任当初は暫定監督にすぎなかったハンス・フリックが、クラブに栄光をもたらしたのだった。
では、運命はどこで変わったのか。シーズンの節目となったのはどの瞬間だったのか。