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ドラフト15年前の“くじ間違い”事件 高3の陽岱鋼を戸惑わせた「NPBのハンコ」問題
text by
田尻耕太郎Kotaro Tajiri
posted2020/10/21 17:04
2005年ドラフト、当たりと勘違いして喜ぶソフトバンクの王貞治監督(右)とがっくり肩を落とす日本ハムのヒルマン監督
高校生が意中の球団を口にするのはご法度だったが、ソフトバンク入りを熱望しているのは明らかだった。台湾で生まれ、日本でプロ野球選手になるのを夢見て高校入学を機に来日した。3年間を過ごして慣れ親しんだ福岡。さらに祖国の英雄である王監督の存在。そして、4つ上の兄である陽耀勲(当時・台湾文化大)がソフトバンク入りすることがほぼ固まっていたからだ。
ソフトバンクという球団のイメージについて問われると「強いチーム。王監督も凄い選手と思う」と話し、お兄さんのことに話題が及ぶと「兄は日本語も分からないし、一緒にプレーできるのはうれしい」と丸い瞳を細めた。
そしてプロ入り後の目標について話し始めた頃、福岡の会見場も異変に気付くことになる。
王監督「NPBのハンコがあったので当たりだと思った」
一方、東京のドラフト会場。「陽、ソフトバンク」について日本ハムの高田繁GMが異議を唱えて、辻内の抽選に外れたと思い込んでいた巨人のくじとも見比べるなどしていた。ここで小池唯夫議長(パ・リーグ会長)が当該4球団の席を回って確認。改めて事務局が「辻内投手は巨人、陽選手は日本ハム」と訂正アナウンスを行ったのだった。
本来は抽選後に小池議長が「当たりくじ」を確認することになっていたのだが、その確認が不十分だったために起きたハプニングだった。
また、王監督は「NPBのハンコがあったので当たりだと思った」とその後話した。くじ引き用紙は二つ折りになっており、用紙を開くと右側にハンコ、当たりくじのみ左側に「交渉権確定」の文字が印刷されていた。この様式は10年以上前から採用されていたらしいのだが、ドラフト会議における抽選自体が3年ぶりだったこと、スピードアップ化を図るなどして事前説明が簡略化されたことなどからこのような事態が起きてしまったわけだった。
日本ハムのイメージは?「分かりません……」
気の毒なのは、運命を左右された選手本人だった。
再び福岡第一高校の会見室。報道陣から「日本ハム」という事実が伝えられ、記者会見は一時中断した。陽は明らかに動揺が隠せずにいた。一旦退席して職員室へ。約20分間後、陽が戻ってきた。
マイクの前に座って、記者会見が再開される。
また一問目だ。お決まりのフレーズである「今の気持ちは」と問いかけられた。