世界を相手にしてでも戦う覚悟

　貢さんが生前にこう話しているのを聞いたこともある。

「ウチで一番、運動神経がいいのは詠美。もし詠美が男だったら、ひょっとしたら辰徳以上の野球選手になっていたかもしれない」

　ある意味、その詠美さんがご主人とともに夢を託したのが菅野という野球選手だったのかもしれない。その夢を感じて、菅野がどれほど努力をしてきたかを知るのも家族だったのかもしれない。

　そして何より母として、逆境の子供を支え、世界を相手にしてでも戦う覚悟のようなものをこの言葉から感じたのである。

　そんな世の中全体が菅野の日本ハム入団拒否を許さないというような圧倒的なムードの中で、ハッとさせられる言葉に出会った。それはあるテレビ番組での女性アナウンサーの発言だった。

「たまたま配属された先が日本ハム」

　TBSのお昼の情報番組「ひるおび！」だった。番組では菅野の去就を巡って、司会の恵俊彰さんを中心にコメンテーターが様々な見解を語っていた。

　様々な見解と言っても、ほぼ全員が菅野は日本ハムにいくべきだという論調で話題は進んでいった。

　読売新聞大阪本社の社会部出身で社会派コメンテーターとして知られる大谷昭宏さんが「菅野くんはプロ野球選手になりたいからプロ志望届を出したんでしょう。希望通りにプロ野球という会社に入社して、たまたま配属された先が日本ハム。そこはルールに従って入団すべきです。私も新聞記者になりたいという夢を持って、たまたま読売新聞に入りましたからね」と訳知り顔で筋違いなコメントをしていたのを強く覚えている。

　断っておくがプロ志望届を出すことと、菅野が巨人入りを希望することは基本的には別である。巨人入りという夢を叶えるためには、プロ入りの意思表示が大前提となるから、志望届の提出が必要条件ということだ。もちろん志望届を出した選手を、日本ハムがドラフトで指名することも自由だ。ただし指名された選手が入団しないという選択も自由で、これはどの選手も同じである。

　それがドラフトという制度の基本的な建て付けなのである。

【次ページ】　小倉アナ「夢を諦めて、妥協しなさいとはとても言えない」