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「悲壮感のない甲子園」を初めてみた。
もしかすると本当はこの形の方が……? 

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安倍昌彦

安倍昌彦Masahiko Abe

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photograph byNaoya Sanuki

posted2020/08/22 08:00

「悲壮感のない甲子園」を初めてみた。もしかすると本当はこの形の方が……?<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

観客席がガランとしている分だけ拍手や手拍子はクリアに聞こえてきた。高校野球の原型を見た思いだ。

手拍子はなんだか胸にグッと来る。

 応援団がいなくて無観客だから、基本、球場は静かだ。お客さんがいないから、売り子さんたちの売り声もない。

 静かだから、いつもは聞こえてこないはずの、いろいろな音が聞こえてくる。

 手拍子も、甲子園の大銀傘に反響すると、立派な「応援」になる。

 大仕掛けなブラスバンドやマーチングバンドも迫力だが、ひとり一人の懸命な手拍子も、毛利元就の「三本の矢」ではないが、50、100が1つになれば、意外とこちらのほうが、選手たちの胸をつくのではないか。

 選手ではない私ですら、胸にグッと来るものがあったのだから、選手たちにはひとしおのものがあったことだろう。プレーの後におくられる拍手も、耳にここちよく、心がこもってあたたかい。

「ブラスバンド、マーチングバンド」vs.「拍手と手拍子」。

 互角か、もしかしたら、後者有利なのでは……。そんなことも思った。

 家族で営む旅館に泊まるより、見上げるようなホテルに泊まることが高級と感じ、住む町の商店街より、盛り場のデパートで買い物をすることにステータスを感じ、家族の心尽くしの食事より、高価なお店の外食のほうに「やってもらった感」を覚える。

 ほんとに、そうなのかな……ふと思ってみたりするのも、いつもの年の大音量の中では、なかなかできないことのように思う。

 もしかしたら、選手たちもそうだった可能性はないだろうか。

負けた選手も笑う甲子園。

 いつもの年のあのものすごい興奮の“うねり”の中では、「勝利」のふた文字しか頭の中に置きようがなかったろうが、この、ある意味すごく落ち着いた甲子園のグラウンドの雰囲気の中で、彼らもいろいろなことを考えたような気がする。

 試合の後の囲み取材。選手たちから発せられる言葉が、いつもの年より、すごくオリジナリティを持って聞こえていた。

「あの手拍子の中に自分の親がいると思ったら、グラウンドから大きな声で『ありがとー!』って叫びたくなりました」

 試合に敗れた選手とはとても思えないような晴れやかな顔で、そんな泣かせることを言った選手がいた。 

 負けた選手たちも笑っていた。

 それが、今年の「甲子園」でもあった。

【次ページ】 もしかすると甲子園で野球ができるだけで……。

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