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日本人初のスペイン挑戦を断念。
流浪のラグビーマン「誰も悪くない」。
text by
大友信彦Nobuhiko Otomo
photograph byYasu Takahashi
posted2020/07/25 20:00
豪州で武者修行を積んでいた藤山裕太朗。そこで見せたプレーが認められスペインリーグからオファーが舞い込んだ。
「いつかもっといい形で会えることを」
事態が暗転したのは6月に入ってからだ。「ワーキングビザが出せなくなった。学生ビザで来てほしい」という連絡があった。学生ビザで入国してプロ選手としてプレーできるのか? 給料は出るのか? 問い合わせても、明確な返事はなかった。
悪い知らせは続いた。藤山にオファーしてくれた本人、ヘッドコーチのデヴィッドから「コーチをやめることになった」とメールが届いた。詳しい説明を求めたが、返事は返ってこなかった。
このままでいいのか。7月に入り、藤山は最後のつもりで、ビザ発給について確認を求めるメールを送った。返ってきた答えは、コロナで大学が閉鎖されていて、我々も確認を求めているが返事が来ない、という泣き言だった。藤山は「もしかして、このまま契約が破棄になる可能性もあるのか?」と送った。返事はすぐにきた。「可能性はある」と。
怒りはなかった。相手も追い込まれていることはメールの行間から伝わってきた。藤山は、自分から断りの連絡を入れた。
「私は契約をキャンセルします」
そして藤山は書き添えた。
「誰が悪いわけでもない。オファーをありがとう。いつか会いましょう!」
担当者からはすぐに返信があった。
「ありがとうユータロー。いつかもっといい形で会えることを願っています」
行間に安堵がにじみ出ていた。違約金を求めることは考えなかった。
いまは、タイミングをじっと待っている。
自分から契約を破棄したのは、次に備えてのことだ。次のチームを探すには、他のチームと契約したままでは支障が出るだろう。
「スッキリしました」と藤山は言った。
次のチームにアテがあるわけではないが、準備はしなければならない。トップリーグの再開時期は年明け、2021年1月になりそうだ。各チームは8月頃から徐々に練習を再開し、9月頃にはコンタクトプレー、スクラムなどのセットプレーの練習を始めるはずだ。加入予定の外国人選手が合流できるかどうか、どのチームも不確定要素を抱えている。どこかのチームから緊急の求人情報が出たとしても、そのとき準備ができていなければ手も挙げられない。そして、そのタイミングをじっと待っている。藤山と同じような立場の選手は少なくない。
トップリーグという目標は近づいたか? それは全然分からない。だけど、状況が変わること、自分の力では変えられないことを受け入れる力、そしてそれを楽しんでしまう力が身についたのは間違いない。スペイン行きを考え、備え、コロナに弄ばれたこの半年間の経験も、振り返れば楽しかった。
これから自分はどこへ流れていくのだろう。先は見えない。それでも、その状況を、藤山は楽しんでいる。見えない明日にワクワクしている。ある日突然、運命が変わることがあることを知っているから。