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ラグビーW杯、日本×南アフリカ。
「何回でも泣ける」熱狂の日の記録。
posted2020/06/30 19:00
text by
村上晃一Koichi Murakami
photograph by
AFLO
目を疑うほど鮮やかな「ジャイアントキリング」だった。過去、W杯7大会で1勝21敗2分のラグビー日本代表が、これまでW杯での敗戦はわずかに4度、優勝2度の“巨人”スプリングボクスを退けるという歴史的事件。世界に衝撃を与えた番狂わせは、いかにしてなったのか。(Sports Graphic Number 2015年10月23日臨時増刊号 vs.南アフリカ「『ブライトンの衝撃』は永遠に」より)
イングランド南東部に位置するブライトンは海辺のリゾート地で知られている。ブライトン・コミュニティスタジアムは小高い丘が連なる内陸部にあった。急傾斜の客席の最上段からは牧草地に放牧される羊を眺めることができる。穏やかな時が流れるこの場所で歓喜も落胆も通り越した衝撃的な出来事が起こると、いったい誰が想像しただろう。
しかし、日本代表選手、スタッフだけはそれを信じていた。彼らは自分たちが準備してきたことを正確に遂行すれば勝つことを知っていた。試合後、堀江翔太はさらりと言ってのけた。
「最初から勝つつもりでしたよ」
9月19日、キックオフ前の国歌斉唱には澄み切った表情をした日本代表選手が並んだ。対するのはW杯を2度制し、世界一のサイズとパワーを誇る「ラグビージャイアント」南アフリカ代表である。覚悟を決めて立ち向かうしかない。W杯初出場となる五郎丸歩の頬を一筋の涙がつたった。
きょうの日本はいつもと違う。
午後4時45分、試合は南アのキックオフで始まった。いきなり自陣深くまで攻め込まれたが、SO小野晃征が低くタックルし、CTBマレ・サウが上体を抱えて倒す「ダブルタックル」でボールを奪う。
「最初にきょうの日本はいつもと違うと考えさせれば、勝つポジションに入れる」(ジョーンズHC)
その言葉通り、7、8月の国際試合では自陣から連続攻撃を仕掛けてはミスをしていた日本が、ロングキックを蹴り込み、南アにボールを持たせて倒し、ターンオーバーを勝ち取る。タックルして瞬時に起きあがり、またタックル。2番手の選手がボールを奪うか、次に備えるかの判断も的確だった。3年半のタフなトレーニングは選手の肉体に勝つための反射的動作を染み込ませていた。立ち上がりの4分で3度のターンオーバーに成功。この時点ですでに南アの選手たちには動揺が走っていた。