オリンピックへの道BACK NUMBER
入江陵介、幻の世界記録とその後。
強さは「水着ではなく人」を証明。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byMark Nolan/Getty Images
posted2020/05/10 09:00
2009年5月10日、背泳ぎ200mで当時の世界記録を上回り、ガッツポーズを見せた入江。しかし、水着が認可されず記録も公認されなかった。
力のない選手に記録は作れない。
一方で日本水泳連盟は基準に合致していると判断し、日本記録として公認。そのため、世界記録より日本記録が速いというねじれた状況が生まれたのも、当時の混乱を物語っていた。
ただ、当事者からすれば、たまったものではない。
「悔しいけれど、もう一度世界記録を作るチャンスをいただいたと思っています」
「水着の影響じゃない、と必死に努力している選手の姿を見てほしいです」
入江は率直な胸中を明かした。
どんな水着であろうと、泳ぐのは人だ。力のない選手に記録は作れない。
幻の世界記録を上回るタイムを叩き出す。
日々、プールでの練習を中心に、地道に取り組んできたからトップスイマーとしての地位がある。
極度に道具がクローズアップされることは、そんな過程が端折られているかのようでもあった。
入江の言葉にも、悔しさがにじんでいた。
ただ、悔しがっているばかりではなかった。
幻の世界記録から約2カ月、入江は国際水泳連盟の基準に合致した水着で世界選手権に出場すると、幻の世界記録を上回る1分52秒51のタイムを叩き出す。
惜しくも優勝こそならなかったが、銀メダルを獲得。オリンピック、世界選手権を通じて初のメダルを手にした。
「少し悔しい気持ちと、ほっとした気持ちで感情が爆発しました」
笑顔を見せていた入江は、表彰式のあと、涙を流した。のしかかっていた重圧とそこからの解放があった。