熱狂とカオス!魅惑の南米直送便BACK NUMBER
ブラジル悪童フットボーラー更生記。
ロマーリオ議員、名解説エジムンド。
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byGetty Images
posted2020/03/23 20:00
セレソン、バルサなどで類稀な決定力を見せたロマーリオ。悪童ながらセカンドキャリアはしっかりとしている。
通算1000得点だと言い張る強心臓。
PSV(オランダ)を経てバルセロナに入団し、ここでもゴールを量産。当時監督だったヨハン・クライフをして、「ペナルティエリア内では、世界フットボール史上最高の選手」と言わしめた。
1994年W杯の南米予選では当初、カルロス・アルベルト・パレイラ監督が「チームワークを乱す」と考えて招集しなかったが、セレソンが苦戦し、最終節で負けたら予選敗退というピンチを迎えてこの男を初めて起用すると、チーム全得点(2点)を叩き込んで勝利と南米予選突破をもたらした。
W杯期間中も再三、宿舎を抜け出して夜の街を徘徊したが、それでも大会を通じて5得点をあげ、ブラジル優勝の立役者となってMVPに選ばれた。
「通算1000得点を達成する」と宣言して長く現役を続けたが、40歳を過ぎるとさすがに力が衰えた。そこで、息のかかった記者にユース時代のゴールも加えて水増しした得点リストを作らせ、「1000得点を達成した」と言い張って42歳で現役を退いた。
議員になったのにフットバレー。
私生活では、結婚、浮気発覚、離婚を2度繰り返した末に3度目の結婚をし、4人の女性との間に6人の子供(うち1人は婚外子)がいる。
ブラジルでは通常、離婚すると元夫が収入の3分の1を元妻に支払う義務があるが、その支払いを怠って留置所に入れられたことがある。
現役引退後、一時は監督を務めたが結果が出ない。3人目の妻との間にダウン症の女の子が生まれると、「彼女の世話を通して、これまでとは全く異なる経験をしている。この子は俺のプリンセス。身体障害者の福祉とスポーツ振興に尽くしたい」と語って政治家に転身。2010年末の下院議員選挙で当選した。
ところが首都ブラジリアで国会に初登庁した2日後のこと。審議をすっぽかしてリオの海岸でフットバレー(ビーチバレーのフットボール版)を楽しむ姿が発見され、批判を受けた。
それでも庶民から絶大な人気があり、下院議員を一期(4年)務めた後、2014年末の上院議員選挙でも当選。2023年までの任期を務めている。