野球クロスロードBACK NUMBER
「下あごがガクガクと震えていた」
楽天・由規の復活と、後輩の戦力外。
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byKyodo News
posted2019/11/16 11:40
復帰登板となった9月26日の西武戦では、三振を奪うなど復調ぶりを見せた由規。
万全を期すか、支配下に上がるか。
投球練習を再開できるようになった2月のキャンプ中に、由規は言っていた。 「今までは肩を気にしがちだったけど、そういうのがなくなったというか。下半身主導のピッチングを心がけたり、上半身も指先をより意識するようになったり。今までとはアプローチを変えるようになりました」
さらに、春先にはそれまで精力的に行ってきたウエートメニューを軽くするなど、リハビリの内容にも変化が生まれた。由規はトレーナーらの支えも含め、「環境が変わったことによって引き出しが増えた」と言う。
もうひとつ、由規には達観があった。
実戦復帰を果たし、二軍で順調に登板を重ねていた7月下旬のことだ。支配下登録期限ギリギリのタイミングで、石井一久GMから選択を迫られた。
「今年は育成として来年へ向けしっかりと準備するか。それとも、支配下に上がるか?」
額面通りに受け取れば、育成選手にとって後者は願ってもない申し出だ。しかし、70人の枠が定められている以上は結果が求められる。ましてや右肩にリスクを抱え、今年30歳の由規にとっては、楽天でのラストチャンスでもあるはずなのだ。
仙台で浴びたカクテル光線。
だが由規は、あえて背水の地に立つ道を選んだ。
「投げられるようになってから、『支配下になりたい』の一心でやってきたんで。『より結果を出さなければいけない』と、気は引き締まりましたよ。今までだって『1年、1年が勝負』と思いながらやってきたけど、今回はさらに自覚が芽生えたのはありますね」
新しいところに行けば、見えるものが必ずある――そう、由規は言った。
諦めず、達観の先にたどり着いたリスタートのライン。そこから見えた景色は、地元仙台の眩いばかりのカクテル光線だった。
9月26日。楽天のシーズン最終戦。
9回にスタジアムDJが由規の名をコールすると、楽天生命パーク宮城が轟音で支配される。地底から沸き起こるような大歓声が、ブルペンを出ようとしていた由規の胸を打つ。
ヤバい……ヤバい……。
歯を食いしばろうとするが、下あごがガクガクと震えている。その涙で世間を賑わせたかつての王子が、感情の抑制に苦心しながらマウンドに上がる。
まだ下あごが震えていたこと、ストレートが最速で150キロを計測したこと。2奪三振を含む3者凡退で試合を締めくくったことも、おぼろげに覚えている程度だ。