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パラ柔道、廣瀬悠・順子夫妻。
「続ける理由」に松岡修造混乱!? 

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松岡修造

松岡修造Shuzo Matsuoka

PROFILE

photograph byYuki Suenaga

posted2019/09/05 07:00

パラ柔道、廣瀬悠・順子夫妻。「続ける理由」に松岡修造混乱!?<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

廣瀬悠・順子夫妻と松岡修造さん。取材は“柔道の聖地”講道館にて行われた。

「親に相当迷惑をかけたんです」

松岡「悠さんも小学生の頃から柔道をやられていたと。小さいころの夢は何でしたか」

「自分も柔道でインターハイに出場していて、愛媛県ではわりと強豪の柔道部だったんですよ。ただ、1つ上には井上康生(現男子日本代表監督)さんがいたり、1つ下には鈴木桂治さんがいて、僕らの世代は谷間と言われていたんです。だから正直、オリンピックまでは目指していなかった。上と下が強すぎました(笑)」

廣瀬悠(ひろせ・はるか)

1979年7月17日、愛媛県生まれ。小学校で柔道をはじめ、高校時代にはインターハイに出場。その後緑内障を患い、25歳で視覚障害者柔道を始める。2008年北京パラリンピックに出場し、男子100kg級で5位。
2015年に順子さんと結婚。2016年リオパラリンピックに出場し、男子90kg級9位。伊藤忠丸紅鉄鋼所属

松岡「自分には無理だと」

「はい。とはいえ、そこそこ強かったので関東の大学にも誘われたんですけど、やはり緑内障という病気があまり柔道と相性が良くないというか。手術をして目の圧を下げているので、投げられた衝撃で目が破裂する可能性が高くなるんです」

松岡「破裂? その可能性は今もあるわけですよね? それは……辞めた方が良いですよ!」

「そうなんですよ。医者にもそう言われます」

松岡「それなのになんでまた、一度は辞めた柔道に戻ってきたんですか」

「目が悪くなった時期に、反抗期がありまして、目が悪くなったことの、行き場のない怒りがあったんですね。体も動かしてはいけなくなったので、力の持っていき場所がなくて。それで家の壁には穴がこう……」

松岡「壁に怒りをぶつけた」

順子「今も空いているんですけど、ウサギが入るくらいの大きさです」

松岡「それは相当大きいね(笑)。『どうしてオレなんだ、何でオレが』って感じで?」

「そうです。それで、親に相当迷惑をかけたんです。だから、それからしばらく経ってから、なにかで恩返しがしたいなと思ったんです。そんな折にふと、親がパラリンピックに興味を持って、『応援に行きたいな』と言ったんです。それが北京大会の前でした」

松岡「でも、その頃はもう柔道を辞めてましたよね。家で暴れた時期にご両親がそう言ったんですか」

「いや、順を追って説明すると、家で暴れていた時期があって、それからもっと目が悪くなったときに盲学校に通い出したんです。その時の担任が陸上でパラリンピックに出た経験を持っていて、家庭訪問に来たときにその体験談を親に話したんです。居間に柔道のトロフィーが並んでいるのを見て、視覚障害者柔道というパラリンピックの競技がありますよって」

松岡「そこで息子の可能性に気づいたんだ。でも、目が破裂する可能性もある。心境は複雑ですね」

「両親がすごく期待してくれて、北京なら近いし、応援にも行けると。それまで柔道に打ち込んできたことを知ってますからね。それで僕も親孝行がしたいと思って、もう一度始めたんです」

松岡「家で暴れて迷惑をかけたし、そのぶん恩返しがしたいと。家族の笑顔を取り戻そうとしたんだ。自分のためにやったわけではないんですね」

「そうですね、僕はいつも、自分のためにはできないので。人のためならできる」

松岡「どういうことですか。奥さんは自分のためにまた始めたんですよ」

「自分のために努力するのが苦手なんですよ。自分の実力はだいたいわかっているので、努力してもそこまではムリ、というのがわかっている。でも、今だったら会社にアスリート雇用で入っているし、仕事だから練習できる。親のために、と頑張れるし」

松岡「人のために頑張ろうと思うと、それが力になる。でも、自分のためだと諦めちゃうんですか」

「自分の才能の限界はわかるし、努力してもそこまでというのがわかっている。けど、周りの人が応援してくれるとそれが力になって、今こうして頑張ってます」

松岡「周りの人は悠さんを信じて応援してくれているわけでしょ、やれるぞって。でも、自分が自分を信頼していないような……なんだかおかしいよ悠さん」

「でも、実際にそうなんですよ。僕は限界がわかっているけど、周りはもっとできる、できると言ってくれるから、だからやってるんです」

松岡「そうなんですか……あまりいないタイプですね」

 そう言うと、松岡さんが少し考え込む表情を見せた。悠さんの競技への思いを見きわめるには、もう少し対話が必要なのだろう。悠さんは、真面目な顔をして、松岡さんとの会話に、さまざまな変化球を混ぜ込んでくるタイプ。松岡さんは、そのボールをしっかりキャッチできるのだろうか?

構成・小堀隆司

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