キタジ、チョウさんからの後押し。

　ところが、台湾に着くなり、スマホのLINEが無数の着信を伝えた。そのどれにもお祝いのメッセージが記されていた。「ポジティブに考えます」という言葉が誤解されてしまったのだ。

「向こうのメディアに『就任する』ということで出てしまって、『ちょっと困ります』と。それで、しばらく冷却期間を置いたんですけど、5月に入ってシンガポール協会が焦ったのか、急に条件面をどんどん出してきたんですよね」

　このとき、吉田は何人かの友人に相談の連絡を入れている。ほとんどの人たちが背中を押してくれたが、そのうちのふたりがアルビレックス新潟の監督時代にコーチとして支えてくれた北嶋秀朗、そして、柏時代の先輩である曹貴裁だった。

「キタジは『タツさん、マジでやってください』って。チョウさんは『いいじゃん、行けよ』みたいな（笑）。僕自身、監督としてワールドカップ予選を戦える機会はそうないし、それを縁のあるシンガポールでチャレンジできるなんて、こんなに素晴らしいことはない。それに、失うものもない。ナッシング・トゥ・ルーズ、ですよね。とにかくトライして、それでクビって言われたらしょうがないなって」

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　こうして5月30日、吉田はシンガポール代表監督に就任したのである。

低迷する代表で「勝つしかない」。

　ほかの東南アジアの国々と同様、シンガポール国民もサッカーが大好きだ。

　街中のパブに行けば、英国のプレミアリーグが放送されているし、シンガポール人の大富豪、ピーター・リム氏がスペインのバレンシアを買収するなど、海外サッカーへの注目度は高い。

　ところが、シンガポール・プレミアリーグの人気は低く、企業も実業家も投資しないから、国内マーケットは近年、縮小の一途をたどっているという。

「選手はマレー系ばかり。サッカー選手をやっていても儲からないので、中国系の人たちは勉強してビジネスを学ぶ。サッカーに関わるとしても、経営側に回るんです」

　それゆえ、代表チームへの期待値も高くなく、どうせダメだろう、という諦めの目で見られているという。ベトナムやタイ、フィリピンといった近隣の代表チームが力を付けている一方で、シンガポール代表はFIFAランキング162位に低迷している。

「僕がシンガポール協会から求められた大きなミッションは、“若手の育成”と“コーチングメソッドの伝授”です。彼らはワールドカップに出たいなんて、基本的に考えていない。ただ、不思議なんですけど、FIFAランキングはすごく気にしていて、少しでも上げてほしいと。『それなら、勝つしかないですよね』っていう話をしています」

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