“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
高橋壱晟、郷家友太、檀崎竜孔……
青森山田「7番→10番」、強者の系譜。
posted2019/01/21 17:30
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph by
Takahito Ando
全国高校サッカー選手権大会の出場24回を誇る伝統校、青森山田高校。今年度の選手権でも2年ぶり2度目の優勝を果たした、全国トップクラスの強豪校には3年前から生まれた伝統がある。
それが「7番→10番」の系譜だ。
もともと青森山田において、7番と10番は「ダブル・エースナンバー」だった。だが、4年前に高橋壱晟(現・モンテディオ山形)が高2で7番を背負うと、高3になった翌年には10番に変わった。
「7番も重たい番号ですが、10番はもっと重たい番号でした。でも、7番のときは『7番に恥じないプレーをしたい』と思い、10番の時は『10番に恥じないプレーをしたい』と思えたことで、プレッシャーはありましたが、精神的にも技術的にもかなり鍛えられたと思います。
僕が思う7番と10番の違いは、7番はチームから求められていることをきっちりとこなしつつ、自分の持ち味を出すことが重要で、10番になるとそれプラス、ゲームメイクとゴールを求められる。個人だけでなく、チームとしての結果で示してこその10番なんです」(高橋)
伝統の系譜は、どう生まれたか?
高橋は10番を背負って、高円宮杯U-18プレミアリーグイーストでリーグ4位タイとなる7ゴールをマークし、優勝に貢献。さらにチャンピオンシップを制し、初の「ユース年代真の日本一」にも輝くと、選手権においては全試合ゴールをマークし、初優勝の立役者にまでなった。
そして卒業後はジェフユナイテッド千葉に進み、レノファ山口を経て、今季からモンテディオ山形でプレーすることになっている。
この「7番→10番」の輝かしい「出世」を間近で見ていたのが、郷家友太(現・ヴィッセル神戸)だった。
郷家は高2になると、10番に変わった高橋から7番を引き継いでいた。
「正直に言うと、7番をもらった時点で、『これはもしかしたら来年10番はあるな』と思いました。安心どころか、ちゃんとそれが実現するように、『この1年間でしっかりとやらないともらえる保証はないな』という気持ちにもなりました。このリレーは壱晟さんから始まっているので……壱晟さんが2年の時に活躍をしていたのでプレッシャーも感じました」(郷家)
高橋から生まれたこのリレーを、「青森山田の伝統」にするために――。