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新潟・早川史哉が知る中島翔哉伝説。
凄まじいサッカー熱と、かわいさ。

posted2018/10/18 07:00

 
新潟・早川史哉が知る中島翔哉伝説。凄まじいサッカー熱と、かわいさ。<Number Web> photograph by Takahito Ando

2011年のU-17W杯期間中、笑顔を見せる中島翔哉(中央左)。その右隣が早川だ。

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安藤隆人

安藤隆人Takahito Ando

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Takahito Ando

 10月12日金曜日のキリンチャレンジカップ、日本vs.パナマ。そのスタンドには真剣な眼差しでピッチを見つめる早川史哉(アルビレックス新潟)の姿があった。

 急性白血病という大病を煩い、とりあえず治療には成功したが、現在はプロサッカー選手として万全の体力をもって復帰するために、日々トレーニングに打ち込んでいる状況である。

 多くの観客でわき上がるスタンドにあって早川の目は、日本代表のブルーのユニフォームを身に纏っているかつての戦友達の姿をずっと追っていた――。

 日本代表の中島翔哉、南野拓実、室屋成の3人は、U-17日本代表のチームメイトとして2011年のU-17メキシコW杯をともに戦って、ベスト8に進む快進撃を遂げた時の仲間なのである。特に現代表チームで10番を背負う中島とは、中学生の時から一緒にプレーをしてきた古い付き合いだった。

 試合の前日、早川は日本代表の練習に顔を出して旧交を暖めた。

良い意味で「丸く」なった。

 中島とは数年ぶりの再会。長くは話さなかったが、終始笑顔での会話を楽しんだ。そこで早川は、中島のある変化を感じ取っていた。

「翔哉は良い意味で『丸く』なりましたね。昔は訳が分からないくらい『尖って』いたんですよ。プレーそのものは今も尖っていて、ウルグアイ戦を観ても切れ味の鋭いドリブルやシュートを打っていましたけど、ピッチ外で接した印象は凄く丸くなったな、という感じでしたね」

 一方、南野や室屋に対しては「昔とぜんぜん変わっていないなって……嬉しかった(笑)」とのこと。

 とにかく中島に関しては、「丸くなった、丸くなった」としきりに早川は口にした。

「話しかけた時に、何か『ふわっ』と優しく言葉が返ってくる感じがしたんです。昔は『俺、俺、俺!』って感じがしてたんですが、今は余裕ができたというか……大人になったんでしょうねぇ」

【次ページ】 12歳の中島がドリブルで……。

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