野ボール横丁BACK NUMBER
ベンチに反し「打っちゃいました」。
智辯和歌山を後押しした勢いの正体。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byKyodo News
posted2018/04/03 17:00
戦前の予想を上回る打撃戦に決着をつけたのは、智辯和歌山・冨田泰生の一振りだった。
「投げるボールがなくなってしまった」
10-6とリードして迎えた8回表。齋藤は、2アウト二、三塁で、前の試合でホームランを打っていた大会注目のスラッガー3番・林晃汰を打席に迎える。そして2球目、高めのつり球を完ぺきにとらえられ、あわやホームランかというフェンス直撃の2点タイムリーを許してしまう。
この一打で齋藤は追い込まれたという。
「あのボールは、だいたいファウルか空振りになる。変化球で勝負するには真っすぐも投げないとダメなんですけど、全部に対応してきた。あのへんから、投げるボールがなくなってしまった……」
林の強烈な当たりで、智辯和歌山サイドの応援のボルテージが一気に上がった。齋藤はこの後、連続四球を与えて満塁とし、前の試合でサヨナラ打を放っていた6番・黒川史陽に2点タイムリーを打たれ、ついに10-10の同点に追いつかれてしまった。
「打っちゃいました」という勢い。
捕手の佐藤が話す。
「球場全体の雰囲気が半分以上、向こうにいってしまった。ものすごい勢いを感じましたけど、雰囲気はとめられないので……。人間がやるスポーツなんで、勢いに乗ったら打てないボールまで打てることもあると思う」
智辯和歌山は結局、12-10と2試合連続で延長戦を制した。
じつは、智辯和歌山ベンチ内では、齋藤の高めのつり玉には手を出すなという指示が出ていたという。8回、チームに火を点ける一打を放った林が茶目っ気たっぷりに言う。
「打っちゃいました」
これが「勢い」の正体である。